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第70話 但馬side
『俺はヒーローになりたいです。』
小学生の頃、バランスの取れていない大きな文字で将来の夢を文集に書いた。正義の味方。悪から市民を守るスーパーヒーロー。画面越しに見る逞しくて、優しくて、みんなから頼られる存在。助ける姿はカッコよくて、初めて観た時から俺はヒーローの虜になった。
ごっこ遊びでヒーローごっこを毎日した。必ずヒーロー役をして、飽きることなく沢山遊んだ。ある時は市民を、ある時はお姫様を、ある時は地球を守っていた。
小学校高学年の時、1人の女生徒がいじめに合い始めた。周りも最初はからかうだけだったのが、塵が積もるよう悪化していき、無視や私物隠し、悪口、ど突く、蹴る…と彼女は沼に引きずりこまれるようにいつの間にか逃げ場がなくなっていた。俺は最初傍観者で何の興味もなかったが、嫌いオモチャを壊すように遠慮ない蹴りを男子生徒がした時に、俺はテレビの映像の中で助けを求めている人と彼女が重なった。そして身体は自然と彼女を庇い、俺はヒーローの台詞を真似する。
「やめろ!俺がやっつけてやる!」
発育が良く、クラスの中でも身長が高くて体格も大きかったので、俺は男子生徒をこてんぱんにやっつけた。途中で先生が駆けつけてしまい、決着はつかなかったけれど、それを機に彼女へのいじめはパタリとなくなった。
数日後、彼女が俺を人気のないところに呼び出し、泣きながら何度も感謝の言葉を連ねた。
「…ツラくて…っ、もう学校行きたくなかったけど…、但馬君が助けてくれて、私…っ、本当嬉しくて…っ。ありがとう……っ。」
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで、泣いている姿は決して可愛いとは言えなかったけれど、心の底から感謝されたのはこれが初めてで、泣き顔から目が離せずにドキドキと鼓動が高鳴るのを感じる。
「……ヒーローみたいだった?」
「…うんっ!すごく、カッコいい、ヒーローみたいだった!」
ガラス玉のようにキラキラ潤んだ目で見られた時、俺はごっこ遊びではない、本当にヒーローになれたんだと、今まで感じたことのない充足感と自信が身体を満たしていった。
すごい。ヒーローのようにいじめにあった彼女を救い出すことが出来たんだ。
俺が、俺自身が、ヒーローになれたのだ!
彼女はその後、俺に好意を向けてくれて、一緒に帰ったり、バレンタインデーでチョコ貰ったりと平和なお付き合いが過ぎていった。隣で楽しそうに笑う顔は、あの時の顔とは全然違って晴れ晴れとしており、元々可愛かったんだろう。いじめていたクラスメイトの男子も羨ましいと何度も言ってきた。でも俺はその整った綺麗な笑顔には胸が高鳴ることはなく、徐々に彼女への興味を失っていった。
中学生になると少し異性と話しただけで冷やかしを受けるので、彼女とは自然に距離ができて疎遠になり、煩わしさがなくなった。そんな時、クラスメイトに陰気な雰囲気を持つ男子生徒がいた。先生が、吃音症でうまく言葉が出てこないのは病気だからみんな優しくしなさいと初めての朝礼で言っていた。話してみると言葉に詰まったり、吃ったりしていたが話すことは出来た。
みんな色んな小学校から来ていた為、其々がクラスに馴染もうと周りを伺っていた。その男子も数日は何事もなく過ぎていたが、調子に乗りやすいタイプの男子がおり、吃音症の男子をからかい始めると、女生徒をいじめていた時と似た雰囲気がクラスに蔓延り、男子は孤立していく。表だっては、からかっているだけに見てたが、噂で裏では隠れて暴力や強請りなど問題行動をしていたようだった。俺はその場面に遭遇するために、吃音症の男子を影から覗いたりして、暴力を振るっている場面に遭遇するのを待った。
「ぐぅ……、ぐぇっ」
「ぎゃははっ、グェだって!カエルかよ〜。グェグェゲコゲコ。」
下品な笑い声が耳につく。相手は3人。何とかなるだろう。
「おい。」
「…っ!びびったぁ〜。先生かと思ったわ。どうした但馬?何か用か?」
「あのさ、もういじめるのやめたら?」
「え?何々?もしかして…こいつ助けに来たの?」
「そうだ。」
「ぶはっ、マジかよ。正義感強すぎでしょ。」
馬鹿にされて笑わっている糞男子を横目に、ちらりと吃音症の男子を見ると、目を大きく見開いて、潤んだ目で俺を見ていた。その瞬間、ゾクゾクと悪寒が走り、気分が高揚していく。結果的に3人ともボコボコにしてしまい、俺は一週間の停学処分になったが他の生徒がイジメの事を先生に言ってくれたらしく、先生に褒められてた。吃音症の男子からも感謝され、あの身体と心が隅々まで満ちていくような気持ち良さは堪らなかった。もう一度感じたいと思ったが、吃音症の男子へのイジメもパタリとなくなってい、つまらない毎日になる。
「…なあ。もうイジメないのか?」
「…っ!い、いじめません!誓います!絶対しません!」
「………。」
虐めていた男子に聞いてみたが、やり過ぎたため自分でチャンスを潰してしまった。それからは助けやすいように、クラス委員をして些細な助けを繰り返していたが、満足は出来ずに日々を過ごしていく。
高校生になり、俺は野球部に入った。野球部は上下関係が厳しく、一年の扱いは酷いと聞いていたのが入部理由だった。弱い者を蔑ろにしている魅力的な場所に俺自身身を置き、近くで見る。野球が上手くもない先輩に限って、よく一年にちょっかいを出すが、俺は恵まれた体格と会話スキルで回避できた。しかし同じ一年で鈍臭い男子がいて、先輩から目をつけられ、些細なことでも大袈裟に失敗をはやし立てられる。徐々に顔が暗くなっていくのを見て、次は失敗しないように、先輩の見ていない陰で助けるようにしてみた。
助ける度に感謝され、俺の心は満たされていった。しかし1年も持たずに男子は野球部を辞めてしまい、俺はまた助けたくて、助けられそうな場面を作ろうとしてみたが、学校という狭いコミュニティでは仕掛ける事が難しかった。
大学に入り、俺は色々と試してみた。膨大な人数であるため網羅は出来ないが、自信のなさそうな子や後先かえりみない子、純粋そうな子等を指標に声をかけて、更にゾクゾクしそうな子を選ぶ。ボランティアや行事運営のサークル参加、助っ人、バイト…色々して実際に大なり小なり助ける事をしてきたが、俺は顔に感情が出やすい面裏のない子がピンポイントで好きな事がわかった。更に助けた後に感極まってぐちゃぐちゃに泣いた顔で、慰めセックスをするのは最高だった。泣き顔でよがり狂って、俺だけを見てくる。それだけで最高に興奮して、何度も精を吐き出した。性別は関係なく、俺は男も女もいけたし、可愛いと感じて愛を沢山囁いた。困惑、羞恥、期待、快楽…俺の欲求を全て満たしてくれる存在は飽きるまで夢中で貪る。
就職をどうしようか考えた時に、人助けと色んな人々に出会える仕事は警察官だと考えた。高い倍率を乗り越え合格し、警察学校を耐えて晴れて警察官として働くことになる。
巡査として交番勤務が始まり、期待が膨らんだ。しかし期待していた分、現実は理想とは大分違っており、業務はパトロールや各家庭への巡回連絡、道案内や落とし物の処理が主で、何か事件が起きても助けに入るのは複数で行う。しかも俺のいた交番は1人パワハラしてくる50代のジジイがいて、俺の体格の良さは警察官では埋もれてしまい、ネチネチと文句を言ってくるのも腹が立った。しかも警察官だと好みの子が見つかっても手が出しにくいのが難点だった。更にゴミのような奴を助けないといけないときもあり、反吐がでそうになり、3年で警察官を辞めた。
これからどうしようか考えた時にとりあえず地元に戻ってみて、地元ではまずまず大きい会社に入ってみた。嫌ならまた辞めて、職を探そうと軽く考えて入ったのがハヤナコーポレーションだった。人と関わるのが好きだったので営業の仕事は苦なく出来ていたし、残業も少なかったので、プライベートは確保できたのが魅力だ。
BARや飲み屋に行っては、人を物色して惹かれる人に声をかけ、裏で助けられるような場面を作って高揚感を感じる。年齢が上がると気持ちを表に出さない人が多く、いまいち昔のような興奮を感じなくなったが、若い奴は表情が出やすい分、なよなよし過ぎて逆にイライラしたので除外し、誰かいい奴がいないかなと日々探索をする。
風間の事は入社当初から知っていた。営業マンとして勤務しており、すごく仕事が丁寧な奴だった。その丁寧な仕事ぶりで、口下手のようだったが、お客さんに信頼されていて、しっかりと営業をこなしていた。そんな風間が、ある時珍しくミスをして部長に謝っているのを見た。頭を下げていたので顔は見えなかったが、気になってトイレに行った後をついて行く。
扉を開けると洗面台で俯いている風間がいた。
「大丈夫か?」
「…た、但馬先輩っ、お、お疲れ様です…っ。」
「…泣いたのか?」
「…っ!こ、これは…、目にゴミが、入って…、」
目から溢れた涙は頬を伝っていた。誰にでもバレる嘘をついて、赤い目を擦っている姿に目が離せない。随分前に感じた高揚感が風間なら感じさせてくれるという確信めいたものがあった。
なんだ。
案外すぐに見つかるものじゃないか。
「…誰にも言わないから大丈夫。ヒューマンエラーはあって当たり前だ。今後なくしていけばいいんだからな。」
「……但馬先輩……。」
大きく開かれた黒く光る目は、まるで宝石のようだった。この瞳が絶望し、恐怖し、助けを求めて色を変えるのだ。ああ。早く見てみたい。俺のところに堕ちて欲しい。
俺は早速行動を始めた。この会社のシステムは個人のIDとパスワードで管理されており、つまり、個人のIDとパスワードがわかれば、本人のふりをしてシステム介入ができる。風間のをゲットしてからは、まずは些細なミスになるよう、1週間に1、2回の頻度で書き換える。そして1ヶ月が経ち、まぁまぁでかいミスをぶっ込んだ。
「何をしてるんだ!お客様からクレームがあったぞ!再三しっかり確認しろと言ってるだろう!」
「す、す、すみませんでしたっ!」
些細なミスが続いていたので、今回のミスは目についたらしい。部長が顔を真っ赤にして怒っている。そして風間は血の気の引いた顔で、目には涙を溜めていた。
(可愛いなぁ。)
「部長!それぐらいにしましょうよ。風間も反省してますし。な?次は大丈夫だよな?」
「……っはい!きちんと確認していきます!」
「……ったく、但馬君は人がいいから……。」
「あはは。あ、そういえば部長の好きなベーグルの専門店近くに開店したの知ってます?」
「ああ!この前行ってみたよ。あそこは美味しかったな。但馬君も行ったのかい?」
風間に目配せをして、部長に見えない位置で向こうに行けと手のひらを前後に動かす。勢いよく90度のお辞儀をされてにやけそうになった。
それからも同じ様に俺が助けられる場面を何度もセッティングする。数ヶ月が経つ頃には風間は仕事の出来ないレッテルを持たされ、俺は誰にでも優しい社員として位置づけられることが出来た。その頃には、風間は連日残業をして日に日にやつれていく姿が目に入る。
「風間。無理すんなよ。休むのも仕事だから。」
「但馬先輩…。ありがとうございます……。」
飯の差し入れや、話を聞いたりすると解れるように笑顔を見せたり、泣き顔を見せてくれる。可愛い。堪らない。キスして、穴に突っ込みたい。そろそろいいかと思って、手を出そうとしたけれど、俺の意図に全く気付かずにキョトンとした顔をしたので、まだ足りないなと気づき、一つ大きなミスを仕組んだ。
「請求書をなくしたぁ?!」
フロア全体に響き渡るような怒りのこもった大声が耳に響く。
「しかも今月分全部だと?!どういう事だ?何処かに持ち出したのか?!」
「い、いえ…っ、何でか、わ、わからなくて…」
月末になると総務課へ請求書を持っていくが、風間はその請求書をなくしたことになっている。
「わからない?そんなんで済むか!請求書なければ会社の損害だぞ!死ぬ気で探せ!」
「は、は、は、はいっ」
お客さんとの打ち合わせ以外は書類探しに奔走しているのを見た。小動物みたいで可愛い。
「おい、どうだ?見つかりそうか?」
「う、い、いえ、まだ……。」
「じゃあ俺も一緒に探そう。」
「で、でも!俺のミスで……っ」
「いいって。見つかればいいんだから。」
そう言って一緒に探し始めたが、風間が見つけられる筈がない。一枚を残して、全てシュレッダーで粉々になっているんだから。
俺はシュレッダーの裏に隠していた一枚の領収書を手に取る。
「……っ、おい!風間!」
「……!あ、ありましたかっ!」
「……一枚だけ。なぁ、シュレッダーの裏に落ちてたんだよ。お前まさか……。」
風間の顔は一瞬で変化した。今まで見た中で一番と言っていいほど、絶望に満ちた顔に思わず勃ちそうになるのをグッと我慢する。カタカタと震えたかと思うと腰が抜けたのか地べたに座り込む。
「あ……、あ……。」
涙が滝のように流れ出て、顔を真っ青にしながら唖然としている姿が堪らない。しかし他の社員は風間に向かって冷たい視線と言葉を投げかける。
「請求書シュレッダーにかけるって……、新人でもしないミスするんだな。」
「あれだけミスしてたらいつかはするって思ってたけどな。」
「風間損害賠償払わないといけなくなるんじゃないか?払えるの?」
風間の顔が生気をなくしていくかのように表情が無くなっていく。ちょっとやり過ぎたか。このままでは駄目だと思い、別室に連れて行き、声をかけたが俺の言葉は届いていないようだった。
部長に報告して、取引先等に連絡して請求書を再発行してもらった。数は多くなかったので損害なく揃えることは出来たが、風間はそれを機に会社のお荷物になった。
この事件の後、何度か誘ったが「仕事があるのですみません……。」と断り続けられ、数日後辞表を出している風間がいた。
「風間っ…!辞めるなよ。お前なら大丈夫だ。俺に何でも頼っていいから。」
「………今まで、ありがとうございました。……但馬先輩のお陰で今まで続けられました。」
聞きたいのはそんな言葉じゃない。俺の側で絶望して、そして俺を尊敬して求めて欲しいのに。いくら声をかけても、もう辞めるのは変えるつもりはないようだったから、仕方なしに連絡先を渡す。
「これ、俺の連絡先だから。絶対連絡してくれ。いつでも待ってるから。」
「……ありがとうございます。」
周りの社員から冷ややかに見られながら荷物をまとめて、風間は会社に背を向けて歩いて行った。
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