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第75話
「………っ」
「………ぇ」
「……っもりだ」
「……ってんだよ」
「……貴方に言われる筋合いはない。中に入ります」
「っおい!」
大声が聞こえて、ぱちっと目が覚める。……ああ、また気を失ってたのか。不思議だ。七瀬さんの声がする。会いたくて幻聴まで聞こえるようになったのかな。
「風間君!……え」
ガタッと音がした方をゆっくりと見る。そこには七瀬さんが立っていた。七瀬さんは目を見開いて、その場に固まっている。
「七瀬……さん。」
ずっと会いたいと思っていた顔を見れたことが嬉しくて、涙腺が勝手に緩み目から涙が伝う。瞬きをしなくても目が潤う程止めどなく流れる。
嬉しくて笑おうとしたけれど、頬が痛くて引き立った。顔の表面もパリパリとして、動かしずらい。なんでだっけ。なんか身体もいっぱい痛い。
「大丈夫か!?」
停止していた動画を早回ししたかのように、あっという間に七瀬さんが近くにきて、俺の顔を見てきた。七瀬さんの顔は驚きや困惑、怒りや悲しみ……マーブル色みたいに色んな表情に見える。
七瀬さんがゆっくりと俺の頬に触れてくれようとしたとき、その手は何かに邪魔をされてしまう。
「俺のだ。触るな」
その声にビクリと身体が強張る。そして急速に意識がはっきりとしてきて、先ほどまでの行為を走馬灯のように蘇ってきた。
「あ……」
七瀬さんの腕は但馬先輩に掴まれ、グッと後ろに引かれていた。七瀬さんは俺から目を離して後ろを振り向く。
「……お前がやったのか?」
「何を?セックスのこと?不粋なことを聞く人だな。見てかわるでしょ。」
セックスをしたことを暗に言われ、俺はどうしようもない焦燥感にかられた。違うと叫びたい。……でも違うと叫ぶのは間違っている。混乱した頭では口から言葉は出ず、身体は固まったように動かない。
七瀬さんに知られてしまった。七瀬さんと付き合ってるのに、俺は但馬先輩とエッチをしてしまって……。ああ、どうしよう。ひどい裏切り行為だ。七瀬さんから助けてもらって、沢山の好きをもらったのに……俺は疑ってばっかりいて、さらに他の人と肉体関係まで持って……。
「……顔の腫れや首の締め痕……、身体の打撲痕は?昨日はなかった。それもお前か?」
「ああ……、そっちか。それは俺じゃない。野次原って奴が風間のストーカーをしてたみたいでな、風間が一緒に行くのを拒否したら、急に逆上してきて襲ったみたいなんだ。俺が助けに入って、こうやって家に連れて帰って身体を慰めてあげたんだよ」
え。
「ストーカー?!」
七瀬さんが再び俺の方に振り返り、俺の顔や身体を観察する。労わるように優しく触れる指先により鈍い痛みが走り、身体を揺らすとその手はあっという間に離れていってしまう。
「風間君痛い……?」
「……あ、」
「痛いと思うよ。結構な怪我だから。でもすごく怖かったみたいで俺から離れなかったんだよ。手当てしようと思ったけど、ずっと離れないからさ。優しくセックスして、今やっと落ち着いたみたいだから、今から手当てしようと思ってたんだ」
七瀬さん。俺、痛い。痛いよ。でも、それじゃない。どうしよう。なんで但馬先輩嘘ついてるの。暴力をふるったのは但馬先輩なのに。
但馬先輩の言葉を聞いて、七瀬さんの顔が固まる。え、なんで、そんな悲しそうな顔をするの?
「……ち、違う」
俺は誤解を解こうと言葉を発した。口を動かすと顔全体に痛みが走り、眉間に皺が寄る。でもそんな小さなこと気にしてる場合じゃない。嘘だって伝えないと。
「……違う?」
七瀬さんが俺の顔を見てジッと待ってくれる。よかった。聞いてくれる。
「た、但馬先輩が言ってることは、違う……」
痛い。でも言わないと。誤解を解かないと。暴力を振るったのは、ストーカーの人じゃなくて、但馬先輩だって。
「おい風間。確かにお前は七瀬さんと付き合ってたのは知ってる。付き合ったまま、俺とセックスしたのを隠したい気持ちもわかる。でもさ、付き合ってる奴にこうやって見つかって、嘘つくなんてさ、誠意ないんじゃね?」
「……え」
セックス?いや、俺は暴力のことの誤解を解こうとしてて……。確かにエッチをしたことを七瀬さんに知られるのは凄く嫌で、隠したい気持ちはあるけれど、エッチしたことは真実で嘘じゃない。無理やりではあったけれど、やってしまった事はなくすことは出来ない。
でも、自分はしたくなかった。なんでエッチをすることになったのかも曖昧で、うまく説明する自信はない。そうだ。暴力のことについても、エッチのことについても七瀬さんには話さないといけない。
……だって七瀬さんが一番に頼っていいって言った。俺が辛かったり、悩んでる時は一番に言ってって。
ふと七瀬さんの顔を見ると、ひどく傷ついたような顔をしていた。
「な、七瀬……さん?」
「風間君。まずは傷の手当てをしよう。ひどいようだったら病院に行かなくちゃ」
うまく話せないかもしれないけれど、俺は誤解を解こうと話そうしたのに、七瀬さんは俺の言葉を遮ってきた。
これ以上話すなと言われている雰囲気に俺は傷つく。どうして。なんで拒否するような態度をとるの……。七瀬さんが近いのに遠くになった気がする。
「七瀬さん……聞いて……っ」
「大丈夫。ちゃんと後で聞くよ。えっと、救急箱とかある?」
「…………」
大丈夫……?大丈夫じゃないから話そうとしてるのに。なんで聞く耳を持ってくれないの。
「俺がやるよ。風間もあんたに手当てされるのは気まずいみたいだし」
「………」
但馬先輩の提案に無言だったけど、俺の元を離れようと片足を立て、腰をあげようとしているのがわかった。
但馬先輩に手当てをさせるつもりなの…?但馬先輩が俺にしたことなのに?嫌だ。怖い。
……なんで七瀬さんは俺の話聞いてくれないの。なんで七瀬さんが離れて行っちゃうの!
「……うわっ」
俺は七瀬さんの服の端をギュッと掴んだ。七瀬さんはうまく立ち上がれずに尻餅をつく。そして服の端に目をやり、その流れで俺をみる。
「行かないで……。俺の……話、ちゃんと、聞いて……!」
「風間君……」
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