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第77話

「貴方が風間君にしたことは決して許されることじゃない。」 「面倒くせぇ……。違うって言ってんのに、折れねぇなぁ。」  但馬先輩は頭をガシガシと強く掻きながら肺から息を出す。 「七瀬さん……」  七瀬さんが恋人と言ってくれたことが嬉しくて、恐怖が遠のき安心して涙腺が緩みそうになる。七瀬さんがいる。七瀬さんが味方になってくれてる。 「風間〜。ぐだぐだ悩む要素あるか?俺の言葉でコロコロ態度変えて、風間を疑うような奴だぞ?取ってつけたような信頼でしか見てないじゃん。俺は風間のこと信用してるぞ。早く手当てしてやるから。な?」 「…………」  今までだったらこの言葉をそのまま受け止めてしまって、また七瀬さんを信じられなかったかもしれない。  でも七瀬さんは言ってくれた。俺の言葉を信じるって。そんなふうに言ってくれた七瀬さんを、俺は但馬先輩よりも信じたい。 七瀬さんのことが大好きだから。 大好きな人が言ってくれた言葉だから。 「……俺は七瀬さんの恋人です」  但馬先輩のことはハヤナコーポレーションで働いていた時、仕事が出来て、みんなから慕われていて、とても尊敬していたし、ミスばかりする俺を沢山助けてくれて感謝もしていた。  会社を辞めてからも、再度出会ったときも手助けしてくれていて、俺のことを気にかけてくれたいい先輩だ。  だけど但馬先輩がしてくれる手助けは、俺が答えを出す前に全て但馬先輩が答えを出してしまい、俺が意思決定をしているわけじゃなかった。  でも七瀬さんは違う。俺のペースで考えられるように、寄り添うように助けてくれていた。  今こんなことになってしまったのは、俺がしっかり但馬先輩に意見しなかったからだ。そのつけが今の状況なんだ。  但馬先輩は俺のことを好きでいてくれているけれど、身体の関係を持っても、俺は但馬先輩に好きの気持ちはない。  尊敬も感謝もあったけれど、今は恐怖や嫌悪が占めてしまった。 「七瀬さんが好き……。但馬先輩は……助けたり、してくれたけど……、今は、こ、怖い……っ」  但馬先輩は不機嫌な顔で静かに俺を見る。まるで蛇に睨まれた蛙のように俺は固まってしまい、身体が震えてしまう。  すると七瀬さんは俺の近くへ来て、力強く抱きしめてくれた。視界は七瀬さんの胸だけになり、但馬先輩が見えなくなる。  温かい。  力強い腕が心強い。  大好きな七瀬さんの匂いが冷たく震えていた気持ちを緩めていく。 「……っ、うぅ……、っひぐ」  止めどなく目から涙が流れ出てくる。縋るように七瀬さんにしがみつき、胸に顔を埋めた。  安心する。俺の大好きな人。 「…………ちっ」  俺の嗚咽しか響かない部屋の沈黙を破ったのは但馬先輩の舌打ちだった。舌打ちする音にビクリと身体が跳ねる。七瀬さんは守ってくれるように、更に力強く俺を抱きしめてくれる。 「はぁ……、もういいや。興味が失せた。」  但馬先輩はため息を吐くように気怠そうな声で言う。俺と七瀬さんは急な但馬先輩の態度の変化に驚きつつも、相手の出方をジッと待った。  但馬先輩は頭を乱雑に掻きながら、俺たちから背を向け、玄関に歩き出す。 「目の前でイチャイチャしてるのなんか見たくねぇ。俺帰るわ。」 「っおい待て!」  靴を履いて出ていこうとする但馬先輩を七瀬さんは制止しようとする。 「何?もう俺がここにいる意味ないんだけど」 「……お前がしたことは許されないだろ。逃げるつもりか」 「さっきの話の続き?証拠もないのに風間のことばっか信じてさ盲目過ぎでしょ。風間は嘘つかないって、出会って数ヶ月しか一緒にいない相手をよく信じれるな。まぁ好きにしていいよ?風間が暴行罪で訴えるなら俺は名誉毀損罪で訴えるから、俺と戦うならどうぞ警察に行って。受けてたつわ。でも訴えないなら俺はもう風間に一生関わらない。どう?どっちがいい?」  但馬先輩は玄関で立ち止まり俺に問いかける。七瀬さんは俺の顔を心配そうに覗き込む。  どうしよう。俺は七瀬さんとゆっくり話をするために脅し的な意味で但馬先輩に警察に言うことを言ってしまっていた。本当に訴えるつもりはないのだ。 「……泣き寝入りしろと?」  七瀬さんは厳しい声で問う。 「俺は暴力もレイプも認めてないけど?合意のセックスだよ?もう面倒くさくなったからこっちが折れてやるって言ってるんだけど。七瀬さん、あんただって俺を訴えて勝てるようなコネなんて持ってないんだろ?お互いに時間と労力の無駄だじゃないか?早く決めてくれ。折角の休日が無駄になる」 「………っ」  但馬先輩はイライラしたように靴をカツカツと鳴らす。顔を上げて七瀬さんの顔を見ると悔しそうに歯を噛み締め、俺を抱きしめている手に力がこもる。   「風間ー、隠れてないで答えな?どうすんの?」 「…………俺は、」  但馬先輩が暴行罪について言っていることが本当かどうかはわからない。でも俺は元々訴えるつもりもなかったし、これから但馬先輩に殴られたりしないのならば、いい提案に思えた。  もうあんな怖い思いはしたくない。但馬先輩に怯えながら過ごしたくない。会わないでいいなら、会いたくない。 「但馬先輩が……、もう俺に会わないなら……、警察には、言いません……。」 「風間君……。」  本当にそんな答えでいいのかと、七瀬さんの声は戸惑っているように感じた。 「オッケー、じゃあな風間。」  手をひらひらと降って、但馬先輩はあれだけ俺の部屋から離れまいとしていたのに、あっという間に扉を開けて外に出て行き、嵐が去った後のように暫し沈黙が落ちた。

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