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第78話
但馬先輩が出ていったと実感できると、安心して強張っていた身体を弛緩させる。
「よかった……っ」
よかった、出て行ってくれた。俺から離れてくれた。会わないって約束してくれた。もうあんな怖い思いはしなくていいんだ。俺を助けてくれたけど、俺を苦しめた、但馬先輩はもう会うことはないんだ。
「こ、怖かっ……うぅっ」
「風間君……」
再び涙が溢れ、七瀬さんが守るように強く抱き締めていた腕の力を抜き、ゆっくりと俺の頬を撫でながら、涙を拭ってくれる。触れる手が温かい。俺を守ってくれた手。あのまま但馬先輩に丸め込まれなくてよかった。七瀬さんが来てくれたお陰で、俺は、俺は但馬先輩から離れることができた。
「な、七瀬さんっ……、ありがとう…ございます……っ」
涙で滲む視界で七瀬さんを見ると、七瀬さんは泣きそうな、痛そうな表情をしていて、何でそんな表情になっているのか不思議に思う。
「七瀬さん……?」
七瀬さんは俺の頬や頭をゆっくりと、大事な物のように撫でる。
「……ごめん。」
「?」
何に対して謝っているかわからずに首を傾げて七瀬さんを見る。
「俺……何も出来なかった。風間君が大変な目にあっているときも間に合わなくて。あの人が言ったことを鵜呑みにして……風間君のことを疑ってしまった。しかも酷いことをされているのに、何も力になれなくて……。俺を頼ってほしいとか言ったくせに役立たずで本当ごめん」
「そ、そんなことはないです!っ痛!」
「!大声で話すと傷に触るよっ」
傷が痛み、思わず顔を歪める。でもそんなことはいい。七瀬さんの俺に謝る声は震えていた。目は涙は落とさなかったが、俺と同じように潤んでいるように見えて胸が苦しくなる。
「謝らないで、ください。七瀬さんが来てくれたから、信じてくれたから、俺は、但馬先輩に、ああやって、拒否できたんです。」
多分七瀬さんが来ていなかったら、但馬先輩の手当てを受け入れるとともに、暴力やエッチも流されるままに受け止めて、付き合うことになって……。自分の意思とは違っても、七瀬さんと離れて、但馬先輩と付き合うことになっていたかもしれない。
「俺は、今まで……、但馬先輩に、言われたことは、自分の気持ちとは、違うとわかっていても……、逆らえませんでした。でも……、但馬先輩に、告白されて……、エ、エッチを強要されたときは、本当に、嫌で……っ、七瀬さん以外の人と、エッチするのは……すごく嫌だった!」
「風間君……」
上手く話せないけど、但馬先輩から解放されて、七瀬さんに話さなくちゃとずっと思っていた俺は、一生懸命、涙ながらに七瀬さんに話す。話を聞いて。俺から離れて行かないで。すごく好き。好きだから、七瀬さんと一緒にいたい。嫌だって、エッチしないでって、抵抗はしたけど、抵抗出来なかった俺を嫌わないで。俺を軽蔑しないで。
「七瀬さん、う、浮気した俺のこと、き、嫌いになったかもしれない。嫌だって、言っても、俺が但馬先輩と、……身体を繋げたのは、本当でっ。で、でも俺は七瀬さんが、好き。大好き。離れたくない。ずっと一緒にいたい。……笑って、また一緒に、ご飯っ、食べたい」
「嫌いになるわけない。浮気じゃないよ、風間君は被害者だ」
「うぅ……ひっく」
七瀬さんは俺の頬を両手でギュッと挟んで目を合わせてくれる。七瀬さんの顔は泣きそうに、眉毛をへの字にしていて、俺の涙は七瀬さんの手を濡らしていく。
「俺は風間君が好きだ。好きだから、好きだから守れなくて悔しいんだ。泣かせてごめん……、頼りなくてごめんね」
七瀬さんがすごくツラそうに話す。七瀬さんにそんな顔をさせたくないのに。大好きな七瀬さんは笑ってくれてたほうがとても嬉しいのに。
「七瀬さん、謝らないで。七瀬さんは、悪くない!……七瀬さん、ほ、本当に、俺のこと嫌いじゃない?」
「大好きだよ風間君。すごく好きだ」
「七瀬さん……っ」
「っ」
嬉しくて、七瀬さんがツラそうな顔は見たくなくて、溢れ出る気持ちを上手く言葉で表現出来なくて、俺は唇を七瀬さんの唇に重ねた。
軽く触れるだけのキス。でも俺の気持ちが沢山入っているキス。
「七瀬さん好き。大好き」
殴られた顔に、沢山涙を流して、多分俺の顔はぐちゃぐちゃだ。七瀬さんはこんな顔でキスされるのは嫌かもしれない。でも俺は七瀬さんとキスがしたかった。大好きな気持ちが溢れるから。
チュチュとリップ音を響かせながら、七瀬さんにキスを沢山降らせる。
「風間君……」
七瀬さんも答えてくれるように、優しくキスを返してくれて、じゃれあうように、お互いの唇を紡ぎ合う。
「好き。」
「大好き。」
その後は傷のついたCDみたいに、お互いに愛の言葉しか言わなかった。沢山の言葉は出てこない。でも気持ちは溢れてくる。
七瀬さんの気持ちを感じるように、七瀬さんへの思いが通じるように唇をかわす。
どれだけキスをしたかなんてわからないぐらい沢山して、離れないようにぴったりと抱き合っていたら、俺はいつの間にか七瀬さんの腕の中で、安心して眠りについていた。
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