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三者面談ー1

「これで帰りのSHRを終わりにする。橘、後で職員室に来てくれ」  担任がそう言って出て行くのを、湊斗は溜息と共に見送った。  あれから五年。湊斗は高校生になっていた。  アディが毎日計画的に勉強の面倒を見てくれていたので、湊斗は塾に行かずに、都立でも上位校と呼ばれる高校に進学していた。  もちろん、アディの存在を、両親は知らない。彼らは湊斗が通信教育で勉強をしていると思っているし、事実、アディが面倒を見た勉強というのも、通信教育のテキストを使ったものだったから、彼らの認識はあながち間違ってはいないだろう。 『通信の独学でこれだけ成績が取れるんだから、やっぱり湊斗は優秀なのね。さすがは私達の子供だわ』  合格通知書を受け取った母親はそう言って満足気だったが、まさか息子に優秀な家庭教師がついていたとは思いもしなかったろう。 「湊斗、先生何の用だ?」 「う~ん、多分、三者面談のプリントのことじゃないかなぁ……」 「ああ……」  湊斗の返事を聞いて、友人達はみな、どういう顔をして良いのか分からずに曖昧な表情を浮かべた。  湊斗の両親の学校嫌いは有名だ。入学式にも来なかったし、保護者会でも授業参観でも一度も顔を来たことがない。去年の三者面談もドタキャンして、先生から「お前の親はどうなってるんだ!」と怒られていたのを、皆はまだ覚えていた。 「……ガンバレよ」  一人が掛ける言葉に困ってそう言うと、湊斗はふんわりと笑った。  それは全てを諦めた、老人のような顔だった。  *** ***  職員室に入り、担任の隣に座る。去年の担任が少し離れたところからこちらの様子を伺っていた。 「橘、このプリントなんだけどな」  担任はそう言って、三者面談日程希望書を机の上に出した。  希望日には○を、出られない日には×を書くようにと記された希望日欄は、全ての欄に×がついている。 「あのな、橘。お前ももう高二で、来年は受験だ。志望校のこととかもあるし、一度ちゃんとご両親とお話がしたいんだよ」 「でもどの日も仕事があるから来られないって言われました」 「来るのが親の義務だろう」 「義務教育は終わっているからって」 「そういう問題じゃなくてだな……」  担任は困ったように頭を掻いた。  この担任は何とか湊斗の親と話をしようと、家にも何度か電話を掛けているのだが、その電話に親が出ることはなかった。  不思議なことに、家にかかってくる電話は魔道界のアディの家に転送されてくる。次元の壁を電波が通り抜けるのかどうかは分からないが、多分、アディが基地局なのだろう。  だからいつでも湊斗は先生からの電話を魔道界で取って、「両親はまだ帰宅していません」と答えて切る。その繰り返しだった。 「じゃあこうしよう。三者面談の期間でなくても良いから、お父さんかお母さんの都合の良い日に何時でも良いから話をさせてくれ。電話でも構わないし、俺がお前の家に行っても良い」  かなりの譲歩だと思った。先生はそんなにうちの親と話をしたいのか、とも。できれば湊斗だって先生の希望を叶えてあげたいと思う。だが、それが不可能なことだと、湊斗はよく知っていた。 「ごめんなさい、先生。俺の為に、うちの親が会社を休んだり早退することはありません」 「何でだよ。親だろう?」  そう言い切る担任に、湊斗は不思議な気持ちになった。  何でだよって言われても……。子供の為に親が仕事を休むのが当たり前みたいな言い方だな……。それって、全然当たり前じゃないのに。 「うちの親は、子供を育てるのには金がかかるから、その子供のお前が自分達の仕事の邪魔をするなって言ってますけど……」  それを聞くなり、担任はひどく憤った顔をした。だがそれは一瞬で、その顔はすぐに痛ましい物に変わった。 「……お前、それネグレクトじゃないのか……?他に何か困ったこととかないか?その……暴力とか……」 「まさか!ありませんよ!食費も学費もちゃんと出してくれてるし、家にいるときは朝ご飯も買っておいてくれますよ?」  だって、当然だ。暴力など振るわれるはずがない。  彼らは暴力を振るうほどに、湊斗に対して関心がないのだから。  湊斗の返事に、担任はますます顔を歪めた。じっと湊斗の顔を見つめてくるが……湊斗が不思議そうな顔をすると、奥歯をぐっと噛み締めた。 「……橘。何かあったら、俺にちゃんと相談しろよ?カウンセリングの先生でも良いし、児童相談所に話をしても……」 「やめて下さいよ、先生。そんなんじゃありません。進路のことだって、俺の好きなようにして良いって言われています。自主性を重んじてくれているんだと思いますよ?」 「いや、でもな、橘」  それ以上何か言おうとした担任を止めたのは、去年の担任だった。 「無駄ですよ、先生。常識の通じる親御さんじゃありませんから」 「でも、だったらよけいに……!」  教師2人は危うく言い争いになりそうになったが、湊斗がきょとんとした顔で自分達を見ていることに気づくと、2人は慌てて声を落とした。 「先生、もう良いですか?何かありましたら、先生にちゃんと相談しますから。その時はよろしくお願いします」  湊斗は自分の為に争ってくれている二人に笑顔で頭を下げると、職員室を後にした。

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