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三者面談ー2
学校を出ると、湊斗の笑顔は段々と消えていき、どこか怒っているような表情になった。そのまま早足に駅に向かう。多分、駅には彼がいる。早く。早く。
定期券を出して改札を抜け、階段を駆け登る。ホームに出ると、果たしてそこには、スーツを着たアディが立っていた。
「おかえり、湊斗。帰ろうか」
「うん」
湊斗は大きくひとつ息を吸うと、アディの隣に並んで電車を待った。
やがて電車が入線してきて、二人は並んで吊革に掴まった。
暫く、二人は無言だった。駅をひとつ過ぎ、ふたつ過ぎた頃、アディがぽつりと囁いた。
「私が行こうか?」
どこに、とは思わなかった。まだ何も話していないのに、とも。
ただ、湊斗は小さく頭を振った。
「親じゃないとダメなんだ」
「親に化けてさ」
アディは当たり前のことを言うように、まっすぐに湊斗を見つめていた。
ああ、そんな事までできるのか。そうか、悪魔だもの。悪魔は、人間の望みを叶えるんだっけ。
でも、湊斗はやっぱり、もう一度頭を振って見せた。
「……一度そういう事をすると、ダメだと思う。なんでもアディに頼ってしまうようになると思うんだ。そういうのは、違うと思う」
その答えに、アディは少しだけ悲しそうな顔をした。
「……そうか」
「うん。ごめんな、アディ」
「いいや。私の方こそ、悪いことを言った。すまなかったね」
2人は共に謝り合うと、小さく笑った。
*** ***
電車が地元の駅に着いた。二人は並んで電車を降り、並んで家路を辿り、新興住宅地の中の小さな家の前に立った。
目の前に立つのは、同じ時期に同じ建設会社に建てられた同じような建売住宅。アディの家は湊斗の家の隣で、扉の色が少し違う、ほぼ同じ家。
「湊斗、うちに寄ってくだろう?」
アディがいつもと同じように訊いてくる。十年経っても十五年経っても、アディは同じように尋ねてくるのだ。
「うん、行くよ。良い?」
「もちろん。私が招待したのだからね」
それに対する返答も同じ物だ。二人は、こうして時を重ねてきた。
アディがゆっくりと玄関のドアを開ける。耳に飛び込んでくる美しい音楽と、目に飛び込んでくる、鏡の間。
「さぁ、宿題をしてから、予習と復習だ」
「はい、先生」
湊斗は鞄から宿題のレポート用紙を出す。先日の社会科見学のレポートを、一週間後に提出しなければならない。それから毎週行われる単元テストの準備と、数学の解き直し。英語と漢文は、授業の前にあらかじめ日本語訳や現代語訳を作っておく。
そこまで終わったら一度夕食だ。
今日の夕食は中華だった。湊斗が宿題を鞄に詰めて振り返ると、テーブルの上には冷菜の三種盛りやよだれ鶏、フカヒレ入り卵のスープや青菜とキノコの炒め物、それに湊斗の好きな蟹入り炒飯が乗っていた。
湊斗の好物ばかりを並べられたテーブルに、アディの心遣いを感じる。ありがとうと呟いてから、二人は美味しい中華に舌鼓を打った。
食事の後に通信教育のテキストを使って、更に勉強だ。アディは教え方も巧いが、なかなか熱心な先生だ。万が一にも成績が下がって、湊斗が両親から叱られる様なことがあってはならないと思ってくれているのだろう。
もう勘弁して下さい、というほど勉強してから、やっと風呂の時間になった。
ホテルの大浴場のような、大きな浴室。微かな硫黄の匂いのするまろやかなお湯。
「ああ、極楽すぎる……」
毎日このお風呂に浸かっているのに、馴れることも飽きることもない。やっぱり温泉は気持ち良いし、広いお風呂は気分が高揚するのだ。
ゆっくり肩まで浸かって暖まってから、洗い場に上がる。
アディは湊斗の向かいに膝立ちになって、湊斗の体をいつものようにじっくりと調べた。
丹念に、丹念に。
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