8 / 26
仮面舞踏会ー1
いつものようにアディに「うちに寄るだろう?」と言われた時、湊斗は「もちろん!」といつもよりも大きな声で答えた。
湊斗の家の隣の家の玄関を開ける。耳に飛び込んできたのは、いつもよりも大きくて迫力のあるドラマチックな音楽だ。キラキラと光を乱反射する鏡の間は、ざわざわといつもと違う気配を発していた。……人の気配だ。
「誰か来てるのか?」
「さぁ、どうだろうね」
楽しそうに笑ってから、アディはいつもの扉を開けた。
玄関から5つめの扉。知ってる。それはリビングのドアだ。
だがそこを開けると────
「うわっ!」
目に飛び込んできたのは、色の洪水だった。
「な、何!?」
50畳ほどのリビングの筈のそこは、広い、広いホールになっていた。いつもの三倍の広さはあるだろうか。壁を取っ払っのか?それとも、どこか違う次元に繋げた……?
天井につきそうな程大きなケーキ。ホールの中に浮かぶたくさんの風船。壁沿いに管弦楽の楽団員が並んで音楽を演奏し、あちこちで魔法を使ったショーやジャグリングなどの芸が披露されている。そして、ホール中を埋め尽くすような、仮面を付けて礼装した、多くの人々。
「おぉ!アムドゥスキアス公爵のお戻りだ!」
「公爵、お招きありがとうございます!」
「その子が公爵の可愛いお子さんですかな?」
大きな角や背中の翼、獣の耳をつけている人や、トカゲのしっぽが生えている人もいる。
仮装……仮装なのか?これが?この大きな翼が?
頭の両脇に生える、大きくねじれた角。黒猫の仮面を着けたご婦人は、話すたびに仮面の下から猫の髭をピクピクと揺らしている。
アディを見れば、アディだっていつも通り、額の上には一本角。
────悪魔
────そうだ。ここは魔道界で、アディは魔界の公爵なのだ────
額に天眼の開いた狼男が、湊斗の首元に鼻面を寄せ、クンクンと匂いを嗅いだ。
「ああ、良い匂いがする……!公爵は、なんと素晴らしい子供をお持ちなのだ……!」
湊斗は目を見開き、ゾクッと背中を震わせた。
ああ、そうだ。読んだことがある。有名な話だったのに、何で忘れていたのだろう。
────悪魔は、人間を食べるのだ────
音楽が、ふっと遠のいた気がした。
美しい仮面と色とりどりの衣装を身につけた招待客。ショーやジャグリングに興じる人々。天井に届きそうなほど大きなケーキと、ご馳走が並んだテーブル。
キラキラと。
キラキラと。
美しく、幻想的な世界。
「楽しんでいますか?」
美しい顔に、腕がついているはずの場所に鳥の羽を生やした女性が、にっこりと微笑んだ。
「……はい」
震えそうになる体を抑え、湊斗も笑顔を作った。
それから、そっと庭に続くガラスの扉を開けて、湊斗はホールを後にした。
ともだちにシェアしよう!