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仮面舞踏会ー3

「湊斗、楽しいかい?」 「とっても!でもアディ、アディがみんなを招待したんだろ?それなのにこんな所に居て良いのか?」 「こちらの住人は、人間界のように序列や礼儀にそれほどうるさくないんだ。私がいなくても誰も気にしやしないよ」 「そうなんだ……」  高い山よりも高い場所に、二人きり。三つの月明かりで、空の上は意外な程明るかった。  アディの腕の上に抱きかかえられているからだろうか、湊斗はなんとなく子供に戻ったような気持ちになって、アディの胸に頬を擦り付けた。 「アディ、アディはいつも俺に優しいけど、どうしてこんなに優しくしてくれるんだ?ひょっとしたら魂って、優しくすると美味しくなる、とか?」  わざとふざけた声で訊くと、アディは小さく笑った。アディの腕が優しく湊斗を抱きしめる。こんな風に優しく抱きしめられるのは、子供の頃以来のような気がする。ずっと、湊斗が恥ずかしがって、子供扱いするなよ、なんて生意気を言っていたから。  アディと体を交えるようになって、自分は子供扱いではなく恋人扱いされたいと思っていた。  でも、違った。  自分をこうして甘やかしてくれるのは、世界中でアディだけ。だから本当は、こうして甘やかしてもらえることが嬉しいのだ。 「赤子の頃に、湊斗を見つけたんだ。お前の魂を見つけたとき、すぐに分かったよ。この魂を、ずっと探していたんだって」 「赤ん坊なのに?」 「魂の本質は赤子であっても大人であっても変わらないんだよ」  魂……自分の目には見えない物を理由に挙げられると、はぐらかされたような気になってしまう。それって、赤ん坊に一目惚れしたって事になるのか?そんな事ってあるのか?  ────魂? 「……俺の魂が、好みのタイプだったって事?好みの魂?好き嫌いみたいな物?」 「そうだな……なんて言ったら良いんだろう。惹かれ合うんだよ。魂が繋がっているんだ」 「繋がってる?でも、俺はただの人間だよ?」  そう。残念なことに、自分はただの人間なのだ。魔道界に身を置く時間は長いけれど、魔道士のように魔法が使える訳でもないし、多分彼らのような魔力は無い。自分は生まれるべくして人間界に生まれたただの人間で、寿命だってアディから見たら瞬きをする程短いのだろう。 「種族は関係ないんだよ。魂は次元を超えて流れていく物だから。お前は私の為の魂で、私はお前の為の魂だ。短い輪廻を繰り返す魂同士が出会えるのは、本当に稀な事だよ。次にいつ出会えるか分からないから、見つけたときに全力に口説きに行くのは当たり前だろう?」  繋がっている、互いの為の魂……。  魂……って言われても、それがどんな物かも分からないのに。 「魂って、見えるのか?」 「見えるよ」 「それじゃあ、アディの好みのタイプの魂ってどんな魂?」 「好みのタイプ……いや、好みのタイプというのとも違うんだけど……」  もごもごと口ごもるアディに、「良いから!」と促すと、しょうがないなと笑われた。 「そうだね。好ましいと思うタイプの魂は、確かにあるよ。例えば……透明すぎても濁りすぎてもいけないね。白すぎても黒すぎても、赤すぎても青すぎても、熱すぎても冷たすぎてもいけない」  それはあまりにも曖昧で、やっぱりどんな物なのか理解するのは難しかった。 「それじゃあ、俺の魂はどんな魂?」  自分の手のひらを見つめながら訊いてみる。それはただの手で、白い物も黒い物も目には映らなかった。  そんな様子を、アディは楽しそうに見つめていた。それから、そっと湊斗の額に口づける。 「湊斗の魂はね、暖かくて、フワフワしていて、乳白色で、ちょっとだけオレンジ色で、時々ブルーや緑色に光って、葡萄のように甘くて爽やかな匂いがするんだ」 「匂い?匂いまであるのか?」 「もちろんだよ。でもね、魂だけじゃない。君の頑張り屋なところも、寂しがり屋なところも、そのくせ孤高を貫こうとする気高さも好きだよ。私にだけ甘えてくれるところも。それに君の見た目もとても素晴らしい。魂と同じでね、眩しすぎても、醜すぎても、大きすぎても、小さすぎてもいけないんだ」  甘いアディの口調に、湊斗はなんだか恥ずかしくなった。これでは、自分を褒めてくれとねだったような物だ。  湊斗は赤くなった頬を誤魔化そうと、小さく首を振った。 「そ、それってさ、つまり、凡庸ってことだろ?」 「違う。ちょうど良いってことだよ」  なんて甘い声。この声は、どこまでも湊斗を甘やかす声だ。  悪魔なのに。アディは、悪魔なのに。  湊斗はアディの腕に抱かれたまま、目を閉じて彼の声を聞く。その甘えた仕草に、アディは目を細めてそっと湊斗の体を自分のローブの中に包み込んだ。 「空の上は寒いだろう?風邪を引いてはいけない。そろそろ下に戻ろうか?」  その声を聞いて、湊斗はアディの首にギュッと腕を巻きつけた。  風邪を引いてはいけないなんて、父さんにも母さんにも言われたことはない。  アディだけが、俺を気遣い、俺を甘やかしてくれるのだ。  ────それが例え、自分を食べる為であっても。 「どうした?やっぱり寒いんだろう?ほら、下に戻ろう」  その問いに、湊斗は首を振って厭だと示した。 「こっちが本当なら良いのに。あっちが夢なら良いのに」  小さな、小さな呟きを、アディは聞き逃したりしない。 「そういう事を言うと、私はお前をここに閉じ込めてしまうよ?」  その声は、案外真面目な声だった。ああ。アディの中にはそんな気持ちもあるのだ。  毎日必ず眠る湊斗を人間界の寝室に戻してくれているけれど……それなら、ずっと戻さなければ良い。ずっとここで、アディに喰われるまで、二人で暮らしていたい。  ぎゅっと首を抱く力が強くなる。その腕の力に、アディも湊斗を抱く腕に力を込めた。 「……お前の親はバカだ。お前のような存在は、本当に稀有なのに。お前の成長を傍で見られたら、どれだけ心が和むだろう。可愛い私の湊斗。愛してるよ。愛している」  アディの声は、ほっこりと湊斗の心を包み込む。この声を聞いていれば、胸の傷に口づけられなくたって、きっと赤い傷は消えて無くなるだろう。  ああ、アディ。俺も貴方を愛している。  それでも明日の朝、俺はきっと自分の部屋のベッドで目覚めるのだ。  優しくて、誠実な悪魔。俺のアディ。  早く、この身を喰らってくれたら良いのに。そうすれば、貴方に溶けてひとつになれるのに。  アディの胸に顔を埋めながら、湊斗は少しだけ、泣いた。

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