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母親からの電話ー2
『湊斗、お中元をありがとう。お前も大人になったのね。こんな気遣いができるようになって』
「……いや、届いたなら良かったです」
社会人になって六年。盆暮れや父の日、母の日、誕生日には必ず進物を送るようにしているのだが、母親は毎回同じ事を言う。
『仕事はどうなの?周りの皆さんにご迷惑はかけていない?』
「大丈夫ですよ、お母さん。ちゃんとやっています」
『そうなの?まぁ、あなたは私達の子供なんだから、もちろんちゃんとやれているとは思っているわ。そんなことより、あなた、結婚はまだなの?もう二十八でしょう?うちの会社の若い子も、仕事なんかできなくたってちゃんと結婚してるわよ。やっぱり結婚は大事よ。男が一人でいると、何か欠陥でもあるのか、なんて勘ぐる人も出て、出世にも響くわ。ねぇ、湊斗、あなたせっかく綺麗な顔に産んであげたんだから、お嬢さん達にもてないことはないでしょう?なんならお母さんが何人か気の利いたお嬢さんを紹介してあげても良いのよ?』
神経質な声で無神経なことを延々喋り続ける母親の声が、キリキリと頭に響く。こんな時間にお前の声なんか聞いていたくない。そう怒鳴りたくなるのを、湊斗はなんとか飲み込んだ。
「お母さん、すいませんが、俺は結婚しませんよ」
『まぁ!何を言い出すのよ!あなた、まさか変な病気でも持ってるんじゃないでしょうね!?お母さんが一度良い病院を紹介してあげるから』
「家族を持つことに、どんな意味があるのか分からないんです。それじゃあ、明日もあるからもう切ります。おやすみなさい」
まだ電話の向こうで母親が叫いている声が聞こえてきたが、湊斗は構わず通話を切り、電源を落とした。
「湊斗、大丈夫か?」
アディの声はとてもいたわしく、尖った湊斗の心に優しく響く。
人間じゃなくても、血が繋がっていなくても、こんなに優しくしてくれるひともいるのに。それなのにどうしてあの人達は、悪魔にすらできることができないのだろうか。
「アディ……早くこれ食べちゃうから、そしたらすぐ風呂に入ろう。俺の傷を、舐めてくれるだろう?」
そう言うなり、湊斗はアディの胸に抱きすくめられ、唇を貪られていた。
「んっ、!アディ、待っアディ、待ってって!……んっ!」
「無理だよ、湊斗がそんな可愛いことを言うんだから……っ!ああ、湊斗、私の湊斗……」
「本当に待てくれ!これ食べてからだって!とろろ!とろろついた口でキスするな痒くなる!!」
慌てて顔を押しのけると、アディは捨てられた子犬のような顔をした。頭から一本角を生やした子犬って何だ!?
「分かった。早く食べよう。ちゃんと歯も磨く。それなら良いだろう?」
「あ、ああ……」
それから二人は黙々と食事を済ませ、なんとなく気恥ずかしい思いをしながら、素晴らしくデコラティブな洗面台で、並んで歯を磨いた。
服を脱ぐ時は手が震えた。もう何度も抱き合っているのに、こんな風に恥ずかしいと思うなんて、自分はおかしいんじゃないかと思った。でも、見上げるアディの横顔は何度見てもびっくりするほど綺麗で、何十年一緒にいたって馴れることはないだろう。
「湊斗、震えてる」
本当だ。ボタンを外そうとする指が震えている。これからの行為を思って、恥ずかしさと期待に震えているのだ。
その様子を、アディが目を輝かせるように見つめていた。
「……そんなに見るなよ」
「何故?」
「何故って……。だって、俺、そろそろ育ちすぎだと思うし……」
アラサーの自分はこういう対象になるにはふさわしくないのではないかと……そう思うのは、アディがいつまでも昔のままの美貌を保っているからだろうか。
子供の頃はずっと『隣に住むお兄さん』と思っていたが、今のアディは自分とそう変わらない年に見える。このままでいけば、すぐに自分の方が彼の見た目を追い越してしまうだろう。
……それでも、アディは俺を『可愛い』と言って愛してくれるのだろうか。
湊斗の不安な顔を見て、アディはふっと笑った。
「バカなことを」
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