17 / 26

悪魔の事典-2

「……変な遊びをするな。それなら私も同じ遊びをするぞ」 「俺はそこらのファンがせいぜいだろ」  そんな言葉遊びをしながらリビングに戻ると、テーブルの上にはマヨネーズを添えられた生姜焼きと春雨のサラダ、南蛮漬けと具だくさんの味噌汁が乗っていた。 「うわ、生姜焼きじゃないか!今日の昼、本当は生姜焼きの気分だったんだよ!」 「昼は何を食べたんだ?」 「ランチミーティングで仕出しの弁当だった。なんていうんだっけ……松花堂弁当?」 「そうか。それならちょうど良かった」  そんな事を言ってうんうんと頷いているが、本当は俺が何を食べているのか、知っているんじゃないのか?という問いは口からは出さない。アディはいつもいつも湊斗が食べたい物をジャストのタイミングで出してくるが、そのシステムは知らない方が良いのだ。 「そうだ。先方に早くに着きそうだったから、時間調整に本屋に寄ったんだけどさ。こんな本見つけたから買ってみた」  そう言って、湊斗は鞄から一冊のハードカバーの本を取り出した。 「ん?『悪魔の事典』?」  本をパラパラと開いてみる。その本は悪魔の名前が五十音順に並ぶ、人名辞典のようだった。 「どんなもんかと思って中を見てみたらさ、アディの名前があったんだよ。だからつい買っちゃったんだ。ほら、『アムドゥスキアス。二十九の軍団を率いる、序列六十七番目の地獄の公爵』。これって、こっちの人が書いた物かな」 「そうだろうな。昔からこの手の本は出ているが、魔道士の中には魔界や至高界のお偉方と昵懇(じっこん)の者もいるから、陛下から許可を直接いただいているようだ」 「そうなのか?じゃあ、内容も合ってるのかな。召喚者の前にユニコーンの姿で現れるって書いてある。確かにアディ、一本角だよな」 「ああ。そういうときはあまり本性を見せないからな」  食事をしながら、前から疑問に思っていたことを色々訊いてみると、アディはびっくりする程スルスルと、その疑問に答えてくれた。なんだ。だったらもっと早くに訊くんだった。 「召喚者に召喚されたりするのか?それで、取引する?」 「魂を食べるのか、と訊きたいのだろう?」 「そう、それ」  湊斗の関心は、いつもそれだ。  何故自分を食べてくれないのか。その問題はもうこの年になるとどうでも良い。いずれ食べてくれる筈だと信じているから。 だが、もしも最初から 、その前提が違っていたら?。 悪魔は人間の魂を食べるのか。  いや、食べてくれなくては困る。自分はずっと、アディに食べてもらうつもりで生きてきたのだ。 「別に魂を食べる為に召喚者の前に現れる訳じゃないぞ?」 「じゃあ何を取引するんだ?」  アディの元で育って約四十年。初めて明かされる話に少しワクワクする。 「我々を召喚するのは大体、魔道士というほどの能力は無いけれど、人間というには魔力の強い人間だ。我々は、彼らの声が聞こえてくると、とりあえず迎えに行かないといけないんだよ」 「なんで?」  それは『悪魔の仕事』ということになるのだろうか。他にも色々仕事がありそうだけど。アディも本当は、魔界軍を二十九も率いている訳だし。……いつそんな仕事をしているのか、全く分からないけど……。 「そりゃ、中途半端に寿命の長い人間を、人間界に置いておいたらみんなびっくりするだろう?百八十歳のおじいさんとか……」 「……それは確かにびっくりするな」  中途半端に寿命が長い。百八十歳というのが中途半端なのかどうかも微妙な気がするのだが。 「寿命というのは魔力の強さに比例すると、前に教えたのを覚えているか?だから、ちょっと魔力が強いと寿命もちょっと延びる。彼らを人間界に置いておく訳にはいかないが、中途半端な魔力では、自分で魔道界への扉を開けることもできないんだ。だから、我々が気がついた時に迎えに行って、魔道界に連れてくることになる。まぁ、大人しく連れてこようと思ったら、人間界への心残りを無くす為の手伝いをしてやることもあるかな」 「あ、そういうことなんだ……」  その説明は、湊斗の中でストンと納得できた。だがそれは、思っていた悪魔召喚とはずいぶん違う話だな、と、少しだけ眉をしかめる。……まぁ、確かにアディが人間に残酷な取引を持ちかけるようには見えないから、なんとなく納得するというか、安心するというか……。

ともだちにシェアしよう!