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悪魔の事典-3
「結果として彼らが人間界からいなくなるから、人間界側から見ると、悪魔に連れてかれて、そのまま食べられてるんじゃないかと思われる……んじゃないのかな?」
何でも無いことのように────確かに、アディには当たり前のこと過ぎる話なのだろうが────淡々と話すアディの話を聞きながら、しかし湊斗の眉間には段々皺が刻まれていった。
そう。ここで湊斗には、切実な問題が出てきたのだ。
「……それじゃあ、悪魔は魂を食べないのか……?」
「それはどうだろう」
湊斗の切羽詰まった顔をどう思ったのか、アディははぐらかすようにふっと笑って見せた。
「ちゃんと答えてくれ!もし食べないっていうなら、どうしてアディは俺をこうして魔道界に連れてくるんだよ!なぁ、本当は食べるんだよな?食べてくれるんだろう?」
「そんなに私に食べられたいのか?」
「当たり前だろう!」
食べてもらわないと困るのだ。
だって、もし食べてもらえなかったら、長い生を生きるアディと、ただの人間の自分では、すぐに離ればなれになってしまうじゃないか。現に、たった四十年で、自分の見た目はすでにアディを追い抜いてしまっているのに。
アディは、ひょっとしたらただの気まぐれで、ただの暇つぶしで湊斗を育てたのかもしれない。それでも、自分はいつまでもアディの傍にいたい。自分の命が尽きても、アディの傍にいたいのだ。
その為には、アディに食べてもらわなければ。アディの血肉となって、アディの中に溶けてしまわなければならないのに。
湊斗の泣きそうな頬に、アディはそっと手を添えた。
「そんな顔をするな。お前は永久に、私の物だ」
「アディ……」
「それを今からお前に教えてやらなければな」
湊斗の皿の上が空になったのを確認してから、アディは湊斗の後ろに回り、そっと立ち上がらせた。
「今から?」
じゃあ、今から自分を食べてくれるのか?
『食べる』という表現が正しくないのだろうか。それなら、『食べる』のではなくても、彼の中に取り込んでもらえる方法があるのだろうか。
期待と不安の混ざった顔をする湊斗に、アディはニッコリと微笑んだ。
「ということで、湊斗。これから風呂の中で、お前が私の物だと、しっかりとお前の体に教えてやるとしよう」
「!」
その台詞に、湊斗の顔に即座に朱が上った。
「ふざけるな!人が真面目に……!」
「私も真面目に言っている。許さないと言ったよね?私の愛を疑うなど。お前は未来永劫私の物だ。悪魔に魅入られて、逃げ出せるとは思うなよ……?」
肩を抱いたアディの腕に、力がこもる。宇宙のような藍色の瞳が、今まで見たこともないほど、強い。
「あ……」
その、強い瞳に、湊斗は喉をこくりと鳴らした。
「……だったら、俺を食べるって言えよ。違う形でも何でも良いから、今じゃなくても全然良いから、いつかちゃんと俺を食べるって」
「それで、君が安心するのなら」
アディは湊斗の体をしっかりと抱きしめた。
「……怖いんだ。一人になるのも、アディを一人にするのも。ずっと一緒にいたい。俺を、忘れないでくれ……」
「バカな子だね。私がお前を手放すはずがないのに」
「バカな子って……。俺もう四十二だぞ」
「私の年を教えてあげようか?といっても、自分でも細かい数字は覚えてないけどね。湊斗なんか、全然子供だよ。『可愛らしい私の湊斗』だ」
アディは湊斗の背中と膝の裏に手を回し、そのまま横抱きに……いわゆる、お姫様抱っこで抱き上げた。
「さぁ、それじゃあ楽しいお風呂の時間だ。その三つ揃えは、私が脱がせるんだからね?」
冗談めかしたその台詞に、湊斗は諦めたように笑って、「おっさんですから、手加減して下さい」と、アディの肩に頭を預けた。
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