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ランチタイムー1

 都内の一等地。冬の空は青く澄んでいて、気持ちの良い日だ。ビルの高層階にあるオフィスからの眺めは抜群だが、残念ながら、それも毎日見ていればただの風景に成り果ててしまう。  湊斗はチラリと窓から外を見て、それから壁に掛けられた時計に目を移した。 「ああ、もうこんな時間か。それじゃあ、この続きは昼休みが終わってからだね」  暖かな日差しが窓から射し込むお昼時。ちょうど持ってこられた書類が一段落したから、湊斗……いや、橘営業一課長が席を立つ。  昔、アディが「かっこいい」と褒めてくれてから、寒い時期には三つ揃えを着ることにしている。それが『橘課長、メッチャ渋い!』と、方々で話題になっていることを、湊斗は知らない。 「課長、お昼はどちらで?」 「僕?僕はそこの公園で、キッチンカーの丼でも食べようかと思って」 「え~?寒くないですか?せっかくご一緒させて貰おうと思ってたのに~」 「ははは、ありがとう。風邪を引くといけないから、皆は暖かいところで食べて。じゃ、行ってくるよ。三十分で戻るから」 「は~い。課長、行ってらっしゃ~い」  湊斗が席を外すと、若い女の子達がキャッキャと声を上げた。 「課長、ホント格好良い!渋いですよね!あれで独身なんだから、私、年の差婚狙っちゃおうかな!」 「そんな事ばっかり言ってないで、ちゃんと仕事も覚えてくれないと!橘課長、あれで仕事には厳しいんだから!あんたこないだミスして課長に怒られたの覚えてないの?」 「覚えてますよぅ!でもあのときって、課長ったら次の日ランチ奢ってくれたんですよ!課長、絶対次の日に引きずらないし、理不尽な怒られ方したこともないし、ホント私、一課に来られて良かったです!」  四十代も後半だというのに、橘営業一課長はやたらともてる。それなのに、いつまでも若く爽やかな課長が今だに独身なのは、我が社の七不思議のひとつだ。  まさかそんなことを噂されてるとは知らない湊斗は、コートの襟を立てて公園のベンチに座り、キャベツと豚の塩麹炒め丼の蓋をパカリと開けた。ほかほかと湯気が立ち、いかにも食欲をそそられる。 「あ~、今日は天気が良いから気持ち良いな」  ここで、公園を散歩する人やせわしなく行き来する人を見ながらランチを食べるのが好きだ。なかなか一人になることのない湊斗が一人になる、貴重な時間でもある。  職場では常に誰かと顔を合わせていなければならないし、電車の行き帰りもアディと一緒。夜はもちろんアディの家だ。別にそれがイヤな訳ではないけれど、一人の時間も大切だ。  ぼんやりと辺りを眺めながら丼を食べ、次は食後のコーヒーだと、スタンドに向かう。コーヒースタンドのお姉さんとはすっかり顔なじみだ。 「あ、橘さん!こんにちは!今日は天気が良いですね!」 「うん。暖かくて、このまま寝ちゃいそうだよ」 「あはは、それはさすがに風邪引きますよ!それじゃ、300円です!丁度いただきます!」 「ありがとう。じゃあ、またね」 「はい!またよろしくお願いします!」  若い女の子は可愛い。こういう風に思うようになったのは、本当におじさんになったということなのだろうな。  そんな事を考えていると、携帯の着信音が鳴った。 「ん?」  それは私用の電話で……通話先を見て、湊斗は一瞬眉を寄せた。  ……こんな時間に電話をかけてくるなんて。自分が子供の頃は、仕事中に電話をすればあからさまに罵られたのに……。  それでも、後の面倒さを考えて、湊斗は電話に出る事にした。年も年だし、緊急連絡でもいけない。

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