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ランチタイムー3
果たして目の前には、黒い髪を短く整え、スーツを身にまとったアディがいた。
美しい顔。その顔を見ていたら、湊斗の顔が歪んだ。
アディが、手を差し伸べる。それを湊斗は小さく拒んだ。
「……俺、今きっと、濁りすぎて、黒すぎても、冷たすぎる魂になってると思う」
「それなら、私が胸の傷を舐めてあげるよ」
アディが再び手を差し伸べる。今度は、躊躇わずにその腕の中に飛び込んだ。
こんな、会社の傍の、お昼時の公園で。周りには人がたくさんいるのに。それでもそんな事は、湊斗の頭には全く浮かばなかった。
悪魔の胸に顔を埋める。優しい匂いがする。その匂いを、胸いっぱいに吸い込んだ。
周りにいる人達は、三つ揃えの良い年をした男が、美貌の青年に抱きしめられているという光景に、全く目を向けることはなかった。
……まるで、二人などそこにはいないように。
「ああ、やっぱりアディは悪魔なんだな……」
「そうかもしれないね」
アディは優しく、まるで湊斗がまだ小さな子供であるかのように、優しく湊斗の背を撫でる。こんな公園の真ん中で……。そう思ったが、誰も見ていないのだから良いかと、湊斗はずっとアディの胸に顔を埋めていた。
「……情けないな。こんな年になってまで、親の言葉に気持ちを左右されるなんて……」
「いくつになっても親は親だよ。君はお父さん達を嫌いな訳じゃない。愛していなければ、期待も絶望もしないものだ。それは、君が彼らの子供だからだよ」
湊斗はアディの胸に顔を擦りつけるようにして首を振った。
「俺を育ててくれたのはアディだ。あの人達じゃない」
「それでも、だよ」
アディの声は優しい。小さい子供をあやすように、柔らかく湊斗を包んでくれる。
「俺は、アディだけいれば良いんだ。もう放っておいて欲しいのに」
「そうだね。今更あんな事を言い出すなんて、お父さんも年を取られたということなのかな」
不意に、湊斗の背中を撫でていた腕が、止まった。
「アディ?」
「……今更、誰がお前をあんな奴らに渡すものか……」
だがアディの最後の言葉はとても低く小さな声で、湊斗の耳には届かなかった。
「どうした、アディ?」
「いや、そろそろ昼休みが終わるんじゃないか?」
そう言ってアディが湊斗から離れた瞬間。
「あれ?課長、ここにいたんですか?」
後ろからいきなり声を掛けられて、湊斗は驚いてその声の方を振り返った。同じ課内の女子社員が3人、一緒に並んで立っている。湊斗も驚いたが、向こうも驚いた顔をしていた。
「今、課長いないなって話してたんですよ?課長、どこにいたんですか?」
「……え?そこにいたけど?」
「え~、気づかなかった!」
「ね、課長、私達も一緒にコーヒー飲もうかと思って。それと、相談に乗っていただきたいこともあるし」
「ん?なんだい?」
女の子達と話していたら、アディの姿は見えなくなっていた。
彼女たちの目には、アディと一緒にいた自分は全く映っていなかったらしい。
アディが悪魔で良かったと、湊斗は無理に笑おうとした。
……それは、あまり成功したとは思えないけど……。
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