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第45話 支配と、安堵

 ようやく離れた唇の感触を消すように、ごしごしと手の甲で口の端から溢れた雫と共に拭う。  全て思い出した。  この人によって体を弄られ強制的に拉致、監禁されているということ。  逃げようとした時に黒いスーツの人達が入ってきて、そこからはあまり覚えていない。  つまり全ての元凶はこの人にある。 「っ、……帰り、ます」  震える体と声を振り絞るようにして男の顔を見つめて言う。  今にも逃げ出したいぐらいの圧とオーラを前にして怖気づきながらも言い切ったのは、自分でもよくやったと思う。  しかし、帰ろうにも腕に繋がれた点滴を抜いて貰わなければ帰るに帰れない。 「……これ、」  「取ってください」と言おうとして、男の鋭い瞳に言葉が止まる。 「っ、ぁ……」  まるで心臓を握り潰されれるような凄まじい殺気と目力。  まるで瞳だけで、今の言葉を撤回しろと言っているような。  背中からは冷や汗が噴き出すほどの、男のαとしての威圧感たっぷりの瞳で睨まれると息もまともに吸えない。 「ぅ……っ、ぁ……ぁ」  男のアルファとしてのオーラが雪兎を支配する――   「――霙、やめるんだ!」  扉からノックも無く現れた人物にいた張り詰めていた空気が若干和らぐ。 「大丈夫、落ち着いて。僕と同じように深呼吸してごらん」 「っぁ……はー、すっ……はぁ……、すぅ……」   何回か呼吸を合わせるうちに、心臓の鼓動も落ち着いてくる。 「怖かったね。もう大丈夫」  頭に手をぽんぽんと優しく撫でられただけで、途端に緊張の糸が切れて涙が溢れだした。 「っぅ、こ、こわか、った……し、しんじゃ、たら、って……」  泣き崩れる僕にその人は「大丈夫、大丈夫」と何度も背中をさすってくれて。  それだけで、また涙が溢れて。  その人はずっと僕が泣き止むまで待っていてくれた。

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