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第8話

「お目覚めですか、奥様」  マリナがほっとしたように近づいてくる。どうして自分がここに、という顔をした蓮に気づいてくすくすと笑いだす。 「旦那様が、突然奥様が気を失ってしまったようだと慌ててこちらに運び込んだのですわ。でも眠かっただけのようですね。お医者様をすぐ呼ばなくて良かったです」  そう、淡々としたウルの声音は恐ろしいまでに眠りをいざなう呪文のようだった。またやってしまったと顔に出ているのがマリナにも分かったのだろう、猫の獣亜人である彼女は目を細めて笑うと喉が鳴った。 「旦那様も今日はお仕事は途中で終わりにされたようです。それより、旦那様が今お湯を使われていますから、一緒に入ってお背中でも流して差し上げては。私たちは旦那様に触れることを許されていませんが、奥様ならきっと旦那様も喜ばれますわ」  いや、むしろこの状況だと逆効果ではと内心思っても、ここ数日で学習能力が飛躍的に上がった蓮は口には出さず頷き返した。  エイデス家にある浴室は植物が綺麗に育てられている別棟の一角にあり、ちょっとしたリゾート施設のような造りになっている。数人が入っても十分広い作りをしている長方形の浴槽周りを様々な木々や植物が覆う。蓮一人で入るなら喜んで行くのだが、先にウルがいる状況で行けというのはなかなかハードルが高い。  一応浴槽からは見えないところで服をおもむろに脱いで身体を洗い、そっとした足取りで浴槽に近づいた――が、あっさりとウルがこちらを振り返って早々にばれてしまった。 「たっぷり眠ったか? 突然机に頭を打ち付けて動かなくなったから、何事かと思ったのに、随分気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていたな」  不機嫌そうに見えるが、揶揄するような含みを持たせて話しかけられ、蓮もへらっと笑い返した。騎士団長なだけあって、高身長に必要な筋肉がしっかりとついた綺麗な体を持つウルに対して、あまりにも貧弱な自分の体が恥ずかしい。  恐る恐る近づいたが、ウルはそれ以上追い討ちはかけてこなかった。   「折角教えてくれようとしていたのに、ごめん。また教えてくれると嬉しいんだけど……」 「今度は眠くならないように厳しくいくから安心しろ」  げ、と思わず心の声がそのまま出てしまった蓮に、たまらずといった風にウルが声を立てて笑った。浴槽の縁に座りかけた蓮が恥ずかしくて何とか言い返そうとしたのと、ひとしきり笑ってウルが湯から上がろうとするとが同時だったためか、不意にバランスを崩した蓮がウルにまた助けられる格好になってしまった。 「本当にレンは危なっかしいな。あの時も、舞台の上で足を踏み外した」  蓮を支え持ってもふらつきもしないウルに感嘆したが、裸で密着してしまうとあの日の晩ことが思い出されてしまい、蓮の顔から何からすべてが真っ赤になった。情けないことに女性ともこういうシチュエーションになったことがないほどの経験値の少なさではどう動けば良いのかすら分からない。  ウルも蓮を抱えなおしてから思いがけない至近距離に戸惑っているようだ。こうやって抱き合うような恰好になると、ウルとの体格差すらよく分かってしまうし、あまり目をあてたくない部分が己の体に触れているのすら分かってしまい、逃げ出したくて蓮はあえて笑って見せた。 「そ、そうそう! 俺って昔からこうなんだよね。だから陽一に良く怒られてさ」 「ヨウイチ? 誰だ? ……まさか、男じゃあるまいな」  いや、男なんだから男友達がいても問題ないのではと蓮が反論しかけたのを封じたのは突然の口づけだった。 「たとえあれが偶然的な事故だったのだとしても、私の伴侶はレンなのだと神が定めた。私は生涯この身を我が神に捧げると誓ったのに、それを捻じ曲げてきたのは神とレンだ。私の身をレンに捧げる以上、他の男がその身体に触れたりするのは許さない」 「いやいや、俺とエッチしようとしたり思うのはウルくらいだから……んっ」  不機嫌な表情に戻ったウルが、その深い蒼の眼差しを眇めたまま荒々しく蓮に口づけてきた。口腔内を舌でまさぐられて、ぞくぞくとした感覚に囚われていく。……全裸のこの状況も、よくなかった。 「あっ、そんなところ……や、め……!」  浴槽の縁に再び座らせられた蓮だったが、口腔の中を責め立てていたウルの唇が胸元に降りてきたかと思うと、形の良いその唇に胸の飾りを舐られて蓮は大きく身を震わせた。ウルと体を合わせるまでは気にしたこともなかったのに、舌を使って焦らすように責められるとどうしようもなく体が悶え始める。ゆるりと己自身が起ち上がるのも感じてしまい、たまらず蓮は小さく喘いでしまった。思わず自身へと手を伸ばしかけたのを悟られてしまい、自分の恥ずかしい昂りに長く節ばった指が絡む。 「蓮が気持ち良くなるところを教えてくれ」 「そんな、いえるわけ……!」  胸元から顔を離したウルに見上げられながら問われて蓮は必死に首を左右に振ったが、最初は触れるような感覚だったものがどんどんと容赦のない快楽に変わっていき泣きそうになってしまった。 「ひっ……そ、れ……ぁ……っ、あああっ!!」  追い上げられて白濁を放ってもすぐに口づけられて興奮を醒ますことも許してもらえない。寝室に場所を移してからは深く中まで抉られて、痛みの中にも愉悦を追求し始めた己の本能に蓮は戸惑う。 「ひあ、……や、…っ! だ、だめ……あ……っ」  激しく腰を揺さぶられて意味のある言葉もつけなくなり――彼らの交わりは蓮が意識を失うまで続けられたのだった。

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