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第33話

「うわっ、これって絵がいっぱいある!」  すっかり体調も戻ったある朝、空腹に目を覚ますと近くのテーブルに本が置いてあることに気づいた。 「前にそういうのが欲しいと言っていただろう」  柔らかい髪が寝ぐせで跳ねまくり、着物のような構造をしている寝衣が乱れたままの蓮と違い、ウルは既に普段屋敷の中で過ごすような服に着替えて身なりも整え、テーブルに備え付けの椅子に座っていた。  ツチノコが這いまわるように寝台の上を動いてウルの近くまで行くと、テーブルに置いてあったそれに気づいたのだ。 「ありがとう、ウル。……まずちゃんと字が読めるようにならなきゃだなあ。文字が分かれば、この世界の本を絵本にするのも面白そう」 「あら、奥様は絵が描けるのですか? この世界で絵を描く能力がある方はほんの一握りですから、素晴らしい考えだと思います」  朝食の用意を整えに来たマリナに驚かれて、蓮は過去の己を思い出しながら小さく笑い返した。 「一応ね、そういう会社に勤めていたんだ。本当にやりたかった絵の仕事はやらせてもらえなくて、営業から帰ってきたらずっとプログラムのチェックとかばかりだったけど、それでも作ることに携われるのが嬉しかった。締めが近づくと外回りも行けないくらい忙しくて会社の机の下に布団敷いて寝てたし、会社に備え付けのシャワー使ったりして家にもほとんど帰ることできなかったし……日中しか出勤しない上司の部長は社長の目を盗んでパチンコ行って、負けると俺たちに怒鳴ってくる最低野郎だったけど」 「……カイシャとやらは良く分からないが、レンが一生懸命働く様子なら目に浮かぶようだな。だが、レンはもっと己を労わって良い。痛かったら痛い、辛かったら辛い。嫌なものは嫌だと、はっきり言っていいんだ。レンがいた世界では違っていたのかもしれないが、私の前ではちゃんと言って欲しい」  蓮は琥珀の目を瞬かせながらウルを見た。  見ながら、己の中で憑き物のようなものが落ちていくのを感じる。 「そんな、いちいち言っても……いいのかな?」 「やりたいことがあるなら、先ほどのように私やマリナたちに相談すればいい。もちろんできないことも当然にはあるが、一緒に考えるくらいはできる。先ほどのことなら、レンに文字を教えて画材を調達するくらいなら手伝えると思うのだが」  ぱ、と表情が明るくなった蓮にウルはしかし、少し意地悪い笑顔を浮かべた。 「まあ、この間みたいに教えている途中でぐっすりと眠られたらたまらないからな。厳しくいくぞ」 「え、ほど……ほどで……おねがいします」  確かにウルの優しい声音が心地よくてぐっすり眠ってしまったことを思い出し、蓮は赤面しながら小さくなる――と、マリナも笑いながら食卓の準備を終わらせた。 「旦那様、奥様。お腹が空きましたでしょう、たっぷり召し上がれ」  絵本を見ながらまだツチノコのように寝台に寝そべっていた蓮は慌てて上体を起こそうとしたが、それよりも早くウルが寝台にいる蓮の隣へと座り込む。 「レン、起き上がれないなら食べさせてやろうか」 「は? 食べさせ……?」   驚いて見上げると蓮の瞳には、剣ではなくスプーンを片手に持ち、いつになく爽やかに笑う蒼瞳の騎士殿が映り込んだ。 *** 「さすがに子ども扱いは恥ずかしいから。そんな爽やかスマイルに騙されないからな」  マリナはすぐに退室したのだが、蓮はウルの申し出を無視して自分で食べ進めた。……が、なかなか外れないウルの視線に戸惑いながら己の視線を上げる。 「……レン。今からは真面目に聞いて欲しいのだが、アルラの神子から接触があった場合は、必ず先に私に教えて欲しいし、一人では絶対に会わないと約束してくれ。あの男は、神子であるのにひどく澱んだものを感じる」  「修さんのこと?」  とりあえず口に含んでいた最後の一口を嚥下してから尋ねると、ウルは頷き返した。そういえば『取ってこい』と言われて探しに行った腕時計はウルが修に返してくれたのを今更思い出す――が、ウルの反応から見ると蓮の苦労虚しく青春マンガのようにキラキラとしたハッピーエンドには至らなかったらしい。 「あの男はレンにかなり執着しているように思う。お前はそういう感情に鈍そうだが、私には分かる。人の、歪んだ感情やらは特に。レンがあの男の歪んだ感情を一人で受け止める必要はないし、義務も当然ない」 「うーん、かなり追い詰められている感じがあるんだけどね。でも、確かに俺一人でどうにかなりそうな気はしなくなってきた、かな」  散々色々なことに鈍いと言われても、さすがに修の今の状態があまりいい状態じゃないのは蓮にも分かる。自分が近づくことで余計悪化するのであれば、距離を取ることも必要なのだろう。 「レンはもう少し物事に執着した方が良いかもしれないが。あまりに執着心がないのもそれはそれで心配だ」 「俺だってそういう感情はあるよ、聖人君子じゃないんだからさ」  たとえば食べ物とか、と浮かんだがさすがに子どもじみていて何か別なものを答えようとしているうちに、食べ残しがついていたらしい蓮の唇をウルの指が拭う。 「それが私なら嬉しいんだがな。大方、食べ物だろう、レンのことだから」  思わず蓮が笑いかけた隙を狙って一気に近づいたウルに唇を塞がれる。そのまま寝台に気遣うように押し倒されると、いつになく真剣な表情のウルがそこにいた。 「な、あ……ほら、まだ朝だしさ……あ……っ」 「少し、黙っていろ」   何度かウルと肌を合わせたせいなのか、口づけをしてから体に触れられると力が抜けてしまう。掠れた声で蓮が小さく喘ぐと、節ばったウルの長い指が蓮の下肢へと触れてくる。 「っあ……! ひぅ、……んっ」  お互いに舌を絡めているうちに唾液がこぼれ落ちてもやめてくれるどころか、蓮の奥を開くように蠢く愛撫の手に、蓮の息が上がっていく。 「……レン、腰を動かすのは…反則だ」 「うごかして、なっ……ああッ! そん、な……」  自ら濡れるはずのないところにぬるぬるとした感触がして、潤滑油のようなものを足されたのは気づいたがその助けを借りてウルのものを後孔に押し当てられ、掠れた嬌声がウルの耳朶を打つ。喘ぎながら蓮が無意識に逃げてしまうのを腰を抑えられて、四つん這いにさせられてしまう。 「……ん、あっ…や、そこ……あう」  蓮の中を熱いものが濡れた音と共に一気に突き上げてくる。どう考えても男のそれを受け止めるようにはできていないはずなのに、最初からそういえば意外と気持ち良かったのを思い出して蓮は身を震わせた。相性が良いのかも、と余計なことを考えているうちに内壁を、快楽を探るようにじっくりと抉られていくのだ。 「そ、そんなゆっくり、や……だ」 「抑えているのに……煽るな」  パン、と肌と肌がぶつかる音がして「ひあ」と蓮が間抜けな嬌声を上げた。 「う、ウルの大きいから……ああっ……ん」  後ろを貫かれながら、宥めるように首筋の敏感なところを食まれて蓮は寝台に顔をうずめながら快楽に耐える。 「私以外は、許さない」 「あ、当たり前……だろっ」  掠れた声で当然とばかりに涙目で答えた蓮は、結合したまま仰向けに向きを変えさせられると深く口づけられ――そのまま果てたのだった。

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