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第40話

「あれ」  急激に明るい太陽の下に立っていることに気づいた蓮は、目を瞬かせながら首を傾げた。  先ほどまで大修羅場だったし、なんなら頭を金づちもどきで殴打されたのではなかっただろうか。見慣れた服で行きかうのは、紛れもなく異世界へ行く前の――蓮が良く知る、元の世界の人々だ。 「ウルー? ジンジャー? おーい」  修が現れたら何となく怖くて、取り合えず一人と一頭の名前を呼んだが応えはない。それどころか、みんな他人には無関心なのか声を出しても蓮を見る者は誰もいない。  とりあえず歩き始めると、すぐにそこが自分の地元であったことに気づいた。いつの間にかあの世界の方が日常になっていたことに気づかされてしまう。 「もしかして俺、やっぱり寝ていただけだったのか? 目が覚めた? でも……あんなに、生々しい夢ってあるのか?」  とにかく陽一と美緒を探すことにした蓮は、おもむろにポケットを探ると携帯端末が入っていたことに気づく――が、圏外表示になっていて電話などは使えそうになかった。 「もしかして何年も寝ていたりしたのかな? ちょっとした浦島太郎?」  先ほどから誰も蓮のことを気にする様子がないので、段々と独り言が大きくなっていく。やがて大きな国道沿いに出ると、二人を探すことは一旦諦めて家に帰ることにした。誰も待つことのない家ではあるが、それなりに蓮にとって大事なものが――そう、大事な物があったのだ。  残念ながら財布は持ち合わせておらず、交番に立ち寄っても気づいてすらもらえなかったので、自力で帰宅することにした。歩いていると国道から少し逸れたところに建てられた結婚式場で挙式が行われているのが垣間見えた。蓮の他にも通りすがりの人々がちらちらと式場の様子を見ながら通り過ぎていく。足を止めてみている者もいたので、蓮も同じように足を止め垣根の隙間から見えた光景に、蓮は息をのんだ。 「うっそ、あの二人! 俺がいないのに結婚式挙げてるじゃん!! 俺が神父役かなとかなんとか言って何が真剣に悩んでる、だよ! ちゃんと俺を招待しろよ!!」  文句の一つもさすがに言いたくなり、誰も蓮に気に留めないのをいいことに結婚式場に潜り込むことにした。幸い着ているものはスーツなので、最低限の服装マナーはクリアしていることにする。財布がないのでご祝儀を渡せないのだが、とりあえず文句とお祝いの言葉の一つでも今日は言えたら後でちゃんと祝いなおすつもりだった。式場の裏側では黒いスーツを身に纏ったスタッフや給仕スタッフが忙しそうに走り回っていてやはり蓮を咎める者はいない。  ちょうど、いかにもといった音楽と共に綺麗に着飾った美緒が母親と一緒に式場から出てくる。 「美緒!!」  真正面から呼びかけたが、美緒も美緒の母親も蓮を見ることなく慌ただしく別な部屋へと駆け込んでいく。ここで、さすがに蓮もおかしいと気づいた。美緒たちと蓮の距離は1mくらいまで接近していたのだ。それだけ至近距離で呼びかけたのに、気づかないくらいに慌てていたのだろうか? 自分の外見がそういえば少し変わってしまったことを蓮は思い出したが、面立ちが変わった訳ではない。首を傾げながら、美緒たちが出てきたのとは別な扉が開いたので招待客がトイレに行くのか会場から出ていったのとすれ違うように会場へと潜り込んだ。 (あ、陽一がちゃんとタキシード着て座っている……おじさんやおばさんたちもみんな礼服着て……)  美緒の趣味なのだろう、可愛らしい彩りの花々で飾られたテーブルには進行途中の料理が並べられていて美味しそうだ。陽一は蓮も知らない友人たちに囲まれたり小突かれたりしながら、さすがに自分の結婚式なのもあって控えめに笑い返したりしている。 「それでは、そろそろ新郎もお色直しのため一旦席を外させていただきます。その間、新郎と新婦がご自分たちで作成されたムービーをお楽しみください!」  今日の司会だろうか、スーツを着た女性が明るい声で話し、陽一が席を立って招待客たちにお辞儀をする。不意に陽一と目が合ったように思ったが、やはり蓮などいないかのように会場を後にした。

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