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第42話

「修さん、またそんなところにいたのか? 飛び降りて、また誰か巻き込んだらどうするんだよ。また一人、知らない人の命を奪うつもり? あっちの世界で真っ裸なまんま泉から登場をやっちゃうことになるよ?」  さすがに自分と同じような突然の最期から異世界登場の仕方を味わう人が新たにできるのはいけない。あの時はお祭り期間中だったが、周囲が素面の時にあの登場の仕方をするのも相当に辛い。  まさか蓮が登場するとは思っていなかったのか、ひどく驚いた顔で患者衣を着たままの修がこちらを見返してきた。どうやら病院から抜け出し、ここまで来たらしい。靴すら履いておらず、素足のままだ。 「あれ、そういえば修さんは俺が見えるんだね。やっぱり俺死んじゃったみたいでさあ、でも親友たちの結婚式見られたし、こっちでの思い残したことがなくなっちゃった」 「……蓮」  さあ、と修の顔が白くなっていく。力を失って座り込んだ修に近づくと、一定の距離を保って蓮は足を止めた。 「俺にも、俺なりに夢とかもあったよ。それを奪ったのは、修さんだよね。なのに逃げるのか? 死んで、どうしたかったの? 本当はやり直したいとか、死にたくないとか思っていたから……あのファンタジックな世界に行っちゃったんじゃないのか?」  修は白い顔のまま――以前のように髭を伸ばし髪が乱れた風体に戻ったまま――何かを話そうとしては失敗して口をぱくぱくとさせている。 「いつかは死ねるよ。もう一旦リセットされているんだから、新しい修さんの人生にしちゃえばいいんじゃないか? あそこまで世界も変わっちゃったんだし、神子だったら俺なんかよりずっとなんでもやりたい放題な気がするけど。俺もあっちでは社畜やめてスローライフ体験とかしてみたし。でも、やっぱり絵を描きたいから、今度絵本を描いてみようかなって思っている。自己満足だけどさ」 「新しい、人生……」    黄金の光が揺らめきながら修を取り囲み始めた。金色は、恐らくアルラ神の色なのだろう。同じように、蓮は青い色に包まれ始める。 「修さんがいないと、アルラ神は存在できない。そして修さんが元気じゃないと、アルラ神も元気をなくす。少なくとも、修さんには生きなければいけない理由があるよ。修さん自身をもう一度殺すのなら、それはアルラ神も殺すことになる。あの世界のみんなにとって、神さまはとても大切で絶対的な存在なのに。今逃げたら、みんなの大切なものも奪うことになる」  項垂れて自身の手のひらを見ている男に、金色の光はシャボン玉のように丸くなりふわふわと漂い始めた。励ますように――それから、帰ろうというように。  その様子を見ていた蓮の頭の中に、ジンジャーではない声が響いた気がした。蓮の名を呼ぶ声が――そういえば、ずっとウルに呼ばれていたような気がする。 「おれのような存在が、生きるのを許されてもいいんだろうか……おれはお前を殺したのに、おれを許してくれるのか?」 「許すわけないだろ? だから生きろって言ってんの。死んで楽になろうとしたんだったら、もっと苦しめよ。修さんはさ、結局自分のことしか考えていないよね。その意味をちゃんとその頭ん中にある脳みそで考えてみろよ。自分が何に生かされているのかを。人から大事なものを奪わずに、守ることを。……逃げないでアルラ神を救えたら、少しくらいは考え直してもいいけど」  年上相手にちょっと偉そうかと思った蓮だが、しかし自分がいない死後の現実を目の当たりにした時のあの衝撃は、まだ死んでもいない修にはきっと理解できないだろう。自分が確かに存在した世界はそれでも前に進んでいくけれど、自分だけがその世界から弾かれてしまったのだという現実は――この世界での自分にはもう戻る場所も、大事な人たちに言葉をかける肉体もないということは泣きたいほど辛い。 「可愛い顔して残酷なことを言うんだな、お前は。……おれが、それを言わせているんだな……」  泣き笑いの表情で修が呟く。  ようやく黄金の光に気づいたとばかりに、ずっとふよふよしていた光に修の指が触れる。 『レン、目を覚ましてくれ……』  ジンジャーではない声。すっかり耳馴染んだ、低いウルの声音。それに気を取られているうちに、黄金の光に修がどんどんと包まれていき、やがて消失した。 『れん、アルラがよりしろのたましいとかえったよ。ぼくたちもいっしょにかえろ。……つらかったね、おつかれさま』  シャボン玉大の青い光が蓮の前にもふよふよと漂ってくる。それに触れながら、蓮は自分のいた世界を目に焼き付けるように街並みを見回すと、やがて青い光のなかに消えていくのだった。

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