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番外リコス国編:08

 後日改めてお茶でもしようと王妃から招かれた蓮は、神官たちがチョイスした神子仕様にさせられて城の中をこそこそと歩いていた。ウルも一緒に行くという話だったのに、急務が入ってしまったとかで先に城に行ってしまった。ウルの護衛筆頭になったオーヴァに案内されながらリコスの王城の中を歩いているが、自分が今どこを歩いているのかさっぱり分からない。 「もう少しで殿下が待っている部屋ですよ。あちらの青い扉の部屋です」  リコスの王城は神様のカラーが青なだけあって、あちこちに青が使われている。また変な格好をさせられた自分をウルに見せるのは嫌だな、と蓮の足取りは鈍くなっていった。 「私が折角婚約してもいいと言っているのに! 申し出を断るなんて、あの男、目が腐っているんじゃないかしら!!」  足音を立てて扉から出てきた派手なドレスの女性には見覚えがあって、蓮は足を止めた。 「レン様?」  オーヴァが足を止めた蓮に気づき、扉の方へと視線を向けて「ああ、なるほど……」と小さく声を出した。  先日蓮たちが城に向かう途中で、ぬかるみに嵌ってしまった馬車に乗っていた女性だ。あの時も怒っていたが、今も怒っている。 「怒るって結構エネルギー使うと思うんだけど。怒り続けられるってすごいよね」 「確かに」  オーヴァにこそっと話しかけると、ウルに忠実な騎士は真面目な顔で頷く。 「婚約って、もしかしてウルと、なのかな」 「あの者が勝手にそう言っているだけですよ。あの者は王族の血統にも連なる公爵家の娘でそれなりの身分ではありますがね。殿下はそもそも、人間嫌いをかなりこじらせていますから。我々のような部下には上司として接してくれますが、キャッキャウフフみたいな展開になったことは一度たりともありません。レン様と殿下の愛馬くらいですよ、殿下が気を許しているのは」  真面目な顔で言ってくるオーヴァに圧倒されながらも、蓮は照れた。 「ちょっと。どうせ貧乏貴族のくせに勘違いした格好をして、恥ずかしくはないのかしら。貧相だわ」  すれ違いざま、派手な服の女性が蓮に向かってそう吐き捨ててきた。なんだか懐かしいような流れに蓮は思わずドキドキとする。これはアルラの城でアルクタに頭を踏んづけられた流れと一緒だ。しかし、なかなかストレートな一撃でもある。微妙に傷つきながら蓮はなんて返そうか悩んだ。蓮だとてできればもっと普通で地味な格好がいい。しかし、この間マッチョ神官たちが心を込めて用意してくれた服をダメにしてしまった負い目があり、渋々とこの服を着ているのだ。 「シイナ様、この方は……」  さすがにオーヴァが言い返そうとしたその時、ドン、と壁を誰かが叩く音がした。 「先ほどから聞いていれば……恥ずかしいのは、人をすぐ馬鹿にするシイナ様の方ですっ!! そちらにいるのは、以前シイナ様の馬車が立ち往生してしまった時に助けて下さった方々ではありませんか! ついでに言わせて頂きますと、とっくに流行遅れなのに気にもせず、ド派手なドレスばかり選んで服に着られている時点で、貴方も勘違いした格好をしていますから!!」 「なんですって?!」  蓮たちの前に現れたのは、ユノーという以前泥まみれになっていた少女だ。しかし派手なドレスの女性――シイナがたじろぐほどの凄まじい形相は、怒りのマダムを髣髴とさせる。今までずっと自分に付き従っていた少女に激昂したシイナは手を振り上げたが、ユノーがさっと避けたがためにバランスを崩したシイナが蓮へと向かって突っ込んできた。 「レン様、避けて!」 「ひえっ、よ、避けます!」  小さい頃、避けようとしたボールが頭にぶつかった日のことがふいに思い出された。そんな馬鹿なことを思い出しているうちに、強い力が蓮の腕を引っ張る。そのままバランスを崩しそうになったところで誰かが倒れないように支えてくれた。 「……お前は本当に、私が目を離しているとすぐ死にそうになる。勘弁してくれ」  呆れたような、低い声。だが蓮の好きな声だ。 「助けてくれて、ありがとう?」  へらっと蓮が笑うと、いつの間にか部屋から出てきて蓮を助けたウルが苦虫を噛みつぶしたような顔になった。蓮も好きで怪我をしに行っている訳ではないし、度重なる不運のせいなので不機嫌顔をされるのは少し納得がいかないのだが。 「なによっ、男のくせに王太子に媚びるなんて恥ずかしくないのかしら。リコス神の罰がくだればいいわ! ……ユノー、お前は屋敷から追放よっ! お前みたいに生意気な侍女など、私のお父様のお力で、どこかで働くことなんてもう二度と出来ないようにしてやるから!!」  一人、誰にも助けてもらえず廊下に突っ伏していたシイナはわなわなと身体を震わせながら立ち上がると、蓮とユノーを罵って足音荒く立ち去っていった。 「ええー、神子でもリコス神の罰がくだるとかあるの? 俺、いま何かジンジャー……リコス神に悪いことしたかな?」  ようやくちゃんと自分の足で立った蓮は至極真面目に言ったつもりだったが、ウルとオーヴァがそれを聞いて笑い零している。ただ一人、ユノーだけは驚きで目を丸くしていた。 「あなたが――神子様……?」 「一応そういうことになるみたい」  ユノーに問いかけられて蓮が照れながら答えると、唐突にユノーが平伏して蓮は慌てた。 「も、申し訳ございません! 神子様と知らず、大変な失礼を……どうすれば……」 「いや、そんな、やめてってば。ユノーさんは何も失礼なこととかしてないよ。それよりも、さっきはすごい格好良かった。俺の知り合いにね、怒りのマダムっていう服飾家さんがいて……」  平伏をしてしまったユノーの傍に膝をついて、ユノーの身体を起こしながら蓮が話しかけると、ぺたりと床に座り込んだままユノーは自分の頬に手をあてながら顔を赤くした。先ほど自分の主だったシイナに啖呵を切ったのと同一人物かと思うほどの違いようだ。 「神子様……怒りのマダム、というのは……私の母です。アルラで、そういう名前で呼ばれるようになったと手紙にありましたので」 「な? と、いうことは……」  目の前にいる少女が怒りのマドモアゼルということか。心の中で蓮が勝手にあだ名をつけたところで、ユノーは再び顔を俯けてしまう。 「私は母の負担になりたくなくて、シイナ様……カウダ公爵家の侍女として働きながら勉強をしていました。けれど、どこにも就職できなくなるのなら、そろそろ夢は諦めた方が良いのかもしれません」  泣きそうな表情になったユノーに、蓮は明るく笑いかけた。 「就職ならうちに来てくれたらいいよ。服の勉強をしてくれるんだったら、俺にとっても嬉しいし。お給金はその……出してもらえますか、旦那さま」 「レン付きの侍女の数が足りないと思っていたからな。怒りのマダムの娘であれば身元が分かっているようなものだ」  ウルも頷いてくれて蓮はほっとする。ユノーが話の展開について行けていないのか、大きな瞳を再びまん丸くしている。     「ね、いつから来てくれるかな。職場は王太子宮なんだけどね。あ、もちろん三食出るから。ごはんは本当に美味しいから安心してほしい。お給料は大人の事情もあるから確認するけど、悪くはないと思う」 「……お、王太子宮、……でございますか?」  少女は自分の運命が今変わったことに驚きで腰を抜かしかけていたのだが、『神子は次代の王を選ぶ』という言い伝えは本当だったのかと頭のどこかで納得するのだった。

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