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番外リコス国編:09(終話)

「神子殿……なんという素晴らしいお姿……!」  感極まった声を出したマッチョ神官長にマッチョ神官たちが賛同する。てっきり彼らには面白くないのかもしれないと心配していたのだが、早速ユノーが以前蓮が泥まみれにしてしまった服を自分なりにリメイクしてくれた服を着たところ、神官たちにはとても喜んでくれた。服は動きやすくなったし、泥を綺麗に落としてから染め直しされて、色合いもかたちも主張しすぎなくて良いとは思う。だが、薄っすらとではあるが化粧をさせられ、額冠までつけられてしまった。ご丁寧に薄いベールを目深に被せられる。神子の顔があまりにも知れ渡るのは危険だから、という理由らしい。  やはりカエルの子はカエル、怒りのマダムの子は怒りのマドモアゼルである。 「そんな、ただ生きているだけなのに。こんな立派な格好をしなくても……」 「このユノー、神子様の衣装係という大役を仰せつかった以上、この命尽きるまで全力で神子様に似合う衣装をご用意させていただく所存です。あ、飾り紐が解けてもご自分で直してはダメですよ、すぐ私をお呼びください!」  ユノーの服飾の腕前は思っていた以上で、王太子宮の総意で蓮の衣装係となったユノーだが、普段はおっとりとした美少女なのに衣装のこととなると人相が変わる。 (もしかして、こう、怒りのマダムも、もしかして服から離れたらおっとり系美魔女になるとか……?)  難しい、と蓮がどうでも良いことで頭を悩ませていると、神殿にウルと、髭を生やした貴族らしい中年の男とが現れた。 「あれはカウダ公爵ですね。ご公女がリコス神に対して不敬な発言をされたとかで、公爵が自ら神殿に参じたそうです」  キャニスの木が元気に育っている様子を見て満足した蓮がリコス神の間に出たところで、ばったりと彼らと鉢合わせになった。いつになくしっかりと神子モードに仕上げられた蓮をウルが驚いた顔で見ている。 (やっぱりここまでやると、やりすぎなんじゃ……)  内心焦りながら曖昧な笑顔をベール越しに浮かべたところで、髭を生やした男――カウダ公爵が慌てて膝をついた。 「貴方様がリコス神の神子殿であられますか! お会いできるとは、なんという僥倖……この度は娘が大変失礼なことを申したと聞き、心よりお詫び申し上げます。娘にはきつく言い聞かせましたが、リコス神と神子殿に直接謝罪をと思って本日は参りました」  カウダ公爵はどうやら随分と信心深い人間らしい。 「実は、夢の中で大きなオオカミの姿をしたリコス神よりお告げがあったのです。我が娘、シイナはアルラ国のアルクタ殿に嫁がせよ、さすれば我が神子への暴言は許すと。あれは間違いなくリコス神からの天啓なのでしょう。このカウダ、決めました」 「リコス神の、お告げ……?」  ジンジャー、もといリコス神は神殿や王城にはあまり近づきたくないようで、そういえばそのどちらかを往復している最近は姿を見かけていないように思う。それよりも突然転がり出てきた名前に、蓮は目を瞬かせた。   「私は双方の性格から考えて、似合いなのではと思う」  アルクタの性格をよく知っているウルは、表情を見せない顔でカウダ公爵に頷いて見せている。それにしてもあの二人が夫婦になったらとんでもなく派手になりそうだな、と蓮は一人笑いそうになってしまった。あれ程派手な色合いを選ぶセンスがあるのなら、怒りのマダムのところで修業したらうっかり開花したかもしれないのにもったいない、と考えているうちに額冠を結んでいた紐が解けた。顔を隠していたベールまで落ちかけたところで、蓮の視界は暗くなった。  ウルは蓮を迎えに来てくれたらしい、とは気づいていたが、ウルの外套で守られるように抱えられると気恥ずかしくなる。カウダ公爵に別れを告げたウルによって神殿から連れ出され、物陰で下ろしてもらうと蓮はようやく一息つくことができた。 「別人かと思うほど、よく似合っている。だが、顔はなるべく隠した方が良い」 「実際は間抜け顔だから、ふつうの恰好していたら誰も俺が神子だって信じない気がするけどね」  あはは、と笑って見せるとウルがいつもの不機嫌顔になった。 「そろそろ、自覚を持ってほしいものだ。レンは人を引き寄せる魅力を持っている――それが、良いものであれ、悪いものであれ」 「いやいや、そんな魅力なんてないってば。でも、ウルには効いていたんだとしたら……ちょっと嬉しいかも」  むう、という顔になったウルに蓮がまた笑いかけると、わざとらしく嘆息をしてウルが蓮の頬に手を差し伸べてきた。 「残念ながら、ずっと効きっぱなしだ」  え、と蓮が聞き返す間もなく、深く口づけられてその気持ちよさにあっさりと蓮は酔わされる。 「ねーねー。いかりのまだむのなまえ、わかったよー」  蓮がとろりと溶けそうになった瞬間。  人の子の姿で二人の間に割って入ってきたジンジャーが、無邪気そうな声を出しつつちらりとウルを見やる。 「えっ、とうとうマダムの名前が?!」  蓮が慌ててウルから身を離すと、ジンジャーは即座に蓮に抱き着いて「さみしかったー」と甘えた。 「……リコス神は生と死を司るというが、実際のところ奸計と謀略が担当の、二重神格なんじゃないのか」  ぼそっと呟いたウルに答えるように、この大国の守護神であるリコス神は蓮から見えない位置で、勝ち誇ったような笑みを見せるのだった。 Fin.

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