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リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:03

「神子様が広場にいらっしゃったぞ! 真っ白なオオカミを連れて……とても美しい有り様だとさ。早く行かないと」  そう言って、蓮の近くにいた男たちも、広場へと足早に立ち去っていく。 「……ジンジャーの神子って、俺一人じゃなかったんだね……」  寂しそうに言った蓮に、手を繋いでいた子ども姿のジンジャーが慌てて『ちーがーうー!!』と否定してきた。 「リコスは表向き平和ですが、王宮内部はどろっどろでしたからね~。もしかしたら、偽の神子に悪さでもさせて旦那様――王太子殿下の評判を下げようという算段かもしれません」  マリナの目の瞳孔が光で細くなっている。それに同意するように、ジンジャーが頷いて、彼らは広場に寄ることにした。ジンジャーと手を繋いだまま人々が集まる広場の中心へと急ぐと、人々の視線の先には美しい毛並みの白いオオカミと、整った顔立ちの少年とが一段高いところに立っていた。 「わあ。いかにも神子って感じだね。やっぱりこう、正統派美少年っていう方が絵になるなあ。なんか、自分みたいな平々凡々が神子なんて名乗ったら、おこがましいというか……」 『……だーかーらー、わたしにはレンだけ! 浮気したりしない!! 第一、あっちにはわたしの偽者もいるだろう』  偽者の神子に感心してしまっている蓮に、ジンジャーが慌てて袖を引っ張る。リコス神であるジンジャーは常に悠然とした態度をしていることが多いのだが、こういう表情もするらしく、ついつい微笑ましくなってしまう。  いつもの、のんびりとした子ども口調ではなく、必死に説明しようとしているうちに大人っぽくなっているのも、可愛らしい子ども姿とのギャップを感じさせて面白い。  やがて人々は、美少年と白いオオカミを囲んで次々と額づくと、手に手に用意してきた食糧やら金銭やらをお供えし始めた。あっという間に少年と白いオオカミの前には金銀や食べ物の山が築き上げられていく。白いオオカミが遠吠えをすると、人々は動くのをやめて再び一斉に額づいた。まるでなにかの新しい宗教のようだ。 「お金が……」 「奥様っ、お気を確かに! 奥様の旦那様は、リコス国の王太子で、かつ、エイデス家の血も引いていらっしゃいます。財産は、ありっあまるほど、ございますから!!」  ふらっと目が泳いだ蓮を呼び戻すために、ガクガクとマリナが蓮を揺さぶる。その間、ジンジャーはといえばその蒼い瞳を眇めて一人と一頭を注視していた。 「我が民たちに、リコス神の加護がありますように」  凛とした声で少年がそう告げると、人々はますます深く頭を下げた。蓮たち以外の者はほぼ額づいている状態になると、少年はお金やら高級そうな宝飾品やらを選別して、せっせと取り出した大きな袋に入れ始める。それは随分と手馴れている様子で、なんならお供のオオカミまで口に何かしらをくわえては袋に移すという作業を手伝っている。  やがて袋がいっぱいになるとぎゅっとしばり、大きなオオカミの背にそれをくくりつけると、少年とオオカミは木立の向こうへと走り去っていった。有り余るほどお供えが積み上げられた山だけを残して。 「あんな手があったのか……神殿でやってみたら成功しそう」 「奥様、目が血走っておりますよ……二番煎じですし、本物の神子である奥様がやったら、とんでもないことになりそうです。めっ、ですよ」  マリナに叱られ、蓮は慌てて「冗談だってば」と言い繕ってから、先ほどの少年たちが消え去った方へと視線を向けたが、もう彼らの姿はなかった。 「奥様! あちらに美味しそうな屋台が出ていますわ! ここは気を取り直して、マリナと一緒に見に行きましょう!!」  ガシッと腕を掴まれて、蓮はひょえ、と間抜けな声を出す。そのまま本当に屋台の方へと連れていかれてしまった。 「屋台って、焼き魚ばっかりだ。マリナが食べたいだけじゃん」 「そんなこと……あら、見たことのない魚が」  きらりと目を輝かせた猫の侍女は焼き魚の屋台に夢中になっていて、どんどん蓮を置いて別な屋台へと移動していく。子ども姿のジンジャーもマリナに付き合って、もの珍し気に見ながらあれこれとやり取りしている様子を、オーヴァが蓮の隣で微笑ましげに見守っていた。 「すみません、うちのマリナとジンジャーが……」 「いえ、自分のことはお気になさらず。レン様も、自分のことは気にせず好きに歩かれても良いのですよ。危険と思われるところは、すぐにお声がけしますから。それに、レン様には力強い守護神がおりますしね」  オーヴァが笑いながら、マリナとワイワイやっている小さな子ども姿のジンジャーを見やる。「ありがとうございます」と蓮も笑いを返したところで、不意にオーヴァが真面目な顔になった。 「ただ、神にも近づけない領域のようなものもあると聞いたことがあります。ですから、レン様も用心することはお忘れなく。レン様はリコス神だけでなく、我々にとっても大事な存在なのですから」 「どうせならすごい力を持った、スーパー神子さまだったらよかったんですけどね。すごく良くしてもらっているのに、いまいちパッとしていなくて申し訳ない」  アルラ国の神子である修は、いかにもキャリア組といった感じで、異世界の言葉も自分のものとして習得していたし、国政の一助もできてしまいそうだ。それと比べてしまうと、蓮が唯一秀でていると言えるのは、リコス神であるジンジャーと仲良しということくらいである。あえて言うなら、植物がぐんぐん育つというのも、もしかしたら追加されるかもしれない。それが何の役に立つのかと問われたら、微妙なところだ。  「すごい力というのは神が持つものですから、神子が持つ必要はないのではと思いますけどね。すごい力を持つなら、その者が神ということでいいと思うんですよ。我々が敬う、すごい力を持つ神々は神子を傍らに置くことで自身の心を保ち、それぞれが守る国の安寧を保つという話ですから。要は、癒し系なら神子として万能ってことじゃないですかね」 「うーん、俺が目指すべき姿は癒し系ってことなのかな。でもアイドルって顔じゃないし、難しいですね」  真剣に悩み始めた蓮を、オーヴァがこれまた微笑ましく見守ってくれる気配がする。そこに、焼き魚を買ったマリナたちがほくほくとしながら戻ってきた。 「奥様の分も買って参りましたわ!」 「お、ありがとう」  既にオーヴァもマリナから受け取って美味しそうに食べている。アユかイワナといった感じのくし刺しにされた焼き魚を食べようとした時、しゃっと目の前に黒い影が現れてはすぐに消え去っていった。 「あれ、俺の魚が……」  今まさに食べようとした魚の姿はなく、串だけが蓮の手に残っている。 『ノラねこにサカナをとられちゃったみたい……ぼくのを、あげるよ?』  ジンジャーにそう言われて、慌てて周囲を見ると大きな黒猫が魚を銜えて、たたたっと逃げ去っていく姿を発見する。 「こ、こんなことってあるんだ?!」 「いえ、ふつうはありえないことなのですが……。奥様が持っているのが特に美味しそうに見えたのでしょうかにゃー」  偽の神子たちといい焼き魚といい、見失うことばかりで、蓮もさすがに自分の不運体質に笑うしかない。 「ま……まあ、ジンジャーやマリナたちの分じゃなくて良かった良かった」  きっと自分は焼き魚を食べる運命になかったのだと思い込むことにして、泥棒猫が駆け去っていった方向を見ていた時。蓮はふと、小さな生き物がせっせと歩道の上を這っているのが見えた。 「奥様、どうかお元気を出してください! はっぴーつあーは、まだ始まったばかりですよっ! 焼き魚はもう一本、すぐに買って参りますから!」 「あ、うん……それはもう、大丈夫だけど」  気になって小さな生き物に近づくと、子どもの蛇だった。まだ子どもなのもあるせいか、必死に動いているのは分かるのがどうにも遅い。広場の中には草むらも多くあるのに、わざわざ人に踏みつけられる危険性がある場所に出てくるとは。運と間の悪さがどうにも他人に思えず、蓮は子蛇を摘まみ上げると近くの草むらへと避難させた。 「レーンー。なにかあった?」 「……仲間、的な?」  へへ、と蓮が笑うと、傍に来た子ども姿のジンジャーが小首を傾げる。その小さな頭に手のひらを乗せると、一行は次の目的地へと移動した。

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