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リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:04

「あれは、殿下の騎士では? あのような場所で、何やら楽し気な様子」  王都の中心を共に歩いていた相手から話しかけられ、視線を言われた場所と向けると、ウルは目を僅かに細めた。確かに相手から言われたところには、己の護衛筆頭であるオーヴァがいる。だが、そのオーヴァが一緒にいる面々はウルもよく見知った者たちばかりだ。何ならオーヴァの隣で、がっかりとした様子で肩を落としている小柄な人物は、女装をした己の伴侶だ。 「……今日は休みを取らせている。知り合いと遊びに来たのだろう」  隊服は着ていなくても、騎士然として体格の良い長身の男。美しい装いをした可愛らしい印象の令嬢と猫獣亜人の侍女。それからふっくらとした表情が読めない小さな子ども――全員の正体を知っているウルからすれば、思った以上にちぐはぐな彼らが注目を集めていないか心配になるが、相手はオーヴァにしか目を向けていない。 「彼は大変忠実で、働きも実に素晴らしいのだとか。羨ましいですなあ。彼ほどの騎士、ぜひ我が第三騎士団にもほしいものです」  己の部下を物欲しそうに見られるのは、あまり気分がいいものではない。ウルは内心うんざりしながらもレンたちの様子を注視していた。まさかこんなところで見かけるとは思わなかったが、オーヴァが警護に入ることなどを条件に、レンの外出を許可したのはウル自身だ。  それから、己の隣にいる男へと視線を向ける。リコスの王都を守る騎士団の一つ、第三騎士団を預かるその男は、極端に背が低いわけでもないのだが、わざとらしい鬘(かつら)をつけていて、でっぷりと腹が突き出ている。今も少し動いただけで息が切れ始めている有り様だ。  第三騎士団は有事の際、神兵と共に神殿やその周囲を護衛するという役目があり、数ある騎士団の中でも一目置かれている。しかし、その第三騎士団をまとめているこの男は、リコスに戻ってきて間もないウルの耳にも聞こえてくる程に、怪しい噂が多いという。今日はそのこともあって、あえて第三騎士団の巡回に同行していた。  一見した感じでは、第三騎士団の規律そのものは乱れていないと思えるが、他の騎士団の騎士たちと比べると、どの者も士気が低いように感じる。団長であるジェルタは終始ウルの隣で笑顔を浮かべていたが、その笑顔がどうにも胡散臭く思えるのは、先入観があるからだろうか。 「そういえば、殿下はエデュカ視察のご予定がおありとか。ぜひ、その際の神子の護衛は、我が第三騎士団にご用命いただけませんか。神子の警護の手配に関しては、殿下に一任されていると伺っているのですが……」  馬首を並べ、男は粘つくような笑みをウルに向けてきた。その眼差しが不快に思えたが、ウルはあえて軽く相槌を打つだけにして、話の続きを促した。 「実は、まだ神子への直接のご挨拶が叶っておりませんで。ぜひとも、お会いしたいのです」  ウルは内心『お前の目の前にいるのが神子だ』と言いたいのを堪えて、肩を竦めて見せた。 「挨拶については、神官長と相談を必要とするため時間がかかる。それと、この度のエデュカ行きに、神子は連れて行く予定はない。私の留守中は神官らに神子を警護させようと考えている」 「……そうですか、それは残念。第三騎士団は神子のための騎士団といっても過言ではありません。お近づきになれる、良い契機と楽しみにしていたのですがねえ。どうか、もう一度ご再考願いますよ」  そこまで話してから、男――ジェルタは視線を再びオーヴァたちへと向けた。 「それにしても。あの二人――殿下の男前な騎士殿と、細身で愛らしい顔立ちの令嬢と。なんだかお似合いではありませんか?」 「……まったく、そうは見えない」  最後に余計な一言を言われた。ウルは眉根を寄せながら、不服を隠さずに言い返したのだった。 ***  泥棒猫に魚を取られた後も、蓮の細かい不運は続いた。 「おかしい……おかしいですわ! いつもはこんなこと、ありませんのに」 「元の世界でも、割とこんな感じだったさ……。急いでいる時に限って信号は全部赤が続いたり。お腹が痛くなって、慌ててトイレに駆け込んだら全部使用中とかね……」  マリナが蓮を連れて行きたかったという宝飾店はあいにく、店主の都合で今日は急遽店じまいをしており、それならばと向かった料理店では蓮のだけやたらと出てくるのが遅かった。むしろ、忘れ去られていた。 『……わたしが、幸運を司る神だったらよかったのだが』 「幸運を司るってことは、不運も司ることになるんでしょう? ジンジャーが悪いわけじゃないんだから、気にしない気にしない。それより、ジンジャーもおとなっぽいしゃべり方、できるんだね。わたしって使うの、格好いい」  そう返した蓮に、子どもの姿をしているジンジャーがはっとした表情になる。ジンジャーの慌てぶりを見ながら、蓮は笑った。 「そんな、心配しなくていいよ。ジンジャーが楽な話し方でいいんだから。俺もさすがに、ジンジャーがまんま子どもだって思っていないから。だって、軽く千年くらいは神さまをやっているんだろう? 俺は、ジンジャーがスーパーおじいちゃんだろうが子どもだろうが、まんまオオカミだろうが大好きだよ。姿とか、関係ない」 『……そうか』  ちら、と蓮を見上げてから、ジンジャーは視線を下へと向ける。その様子が、照れているようにも、落ち込んでいるようにも見えて、蓮はジンジャーの柔らかな髪をくしゃくしゃとかき回した。 「ジンジャーはさ、リコスに来てから少し元気ない気がする。もしかして、アルラ神と戦った時の傷がまだ痛んだりしていないか? それか、俺がいた世界に一緒に行ったこととか、関係ある?」 『いや、あれしきは些末なこと。アルラは元々、格下だしな。そういうことでは、ないのだが。……レン、』  どうしたの、と蓮が聞き返そうとした時だった。ガッタン、という激しい振動と共に馬車が止まった。にゃっ!? とマリナが短い悲鳴を上げ、傾きかけている馬車の中で飛び上がりかけた。蓮も隣に座っていた子ども姿のジンジャーについ抱き着く。馬車には同乗せず、馬に騎乗して側をついていたオーヴァがすぐに顔を出し、突然転がって来た石に車輪が乗り上げた、と報告してきた。 「石ィ?! どこから転がり出てきたわけ!?」 「……奥様。マリナも奥様の不幸体質、さすがに信じることに致しましたわ」  馬車の座席に、ちょこんと座り直したマリナに真面目な顔で言われ、蓮は「やっと信じる気になった?」と真面目な表情で返す。 「ジンジャー、痛いところとかなかった? ごめんね、ジンジャーも巻き込んじゃって」 『……レンのせいじゃないよ』  そうだと良いな、と蓮はジンジャーに苦笑いを見せてから、車窓の外を見やった。

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