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リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:05

 少ししてから代替えの馬車が用意され、ようやく王太子宮に戻って来た頃には、ちょうど午後のお茶の時間になっていた。 「ふう。ちょっとお出かけしただけで、なかなかにデンジャラッスな時間を味わいましたわ。奥様、恐るべし、です」 「デンジャラッスって……デンジャラスじゃなくて? 俺の翻訳機能がまた変な意訳をしてきたんだけど。……それは置いておいて、今日マリナが案内してくれたところ、初めての場所ばかりだったから。新鮮だったなあ」  気に入って頂けましたか、とマリナがニコニコとしながら蓮に笑いかけ、衣服の乱れを直し簡単に髪なども整えてくれる。ここで奥様ごっこは終わりだろうと思っていた蓮だったが、片膝をついて頭を下げるオーヴァに見送られながら、王太子宮の庭へとマリナに案内された。  王太子宮の庭も、頼み込んで一画をいじらせてもらっているが、それは中庭部分だけの話だ。王宮に近い造りをしている王太子宮にも前庭と呼ばれる正面部分に広がる庭と、後庭と呼ばれる表からは見えないところにも庭園がある。実は、この後庭には入ってはいけないと散々言われてきたので、軽い足取りで進むマリナの行く先が後庭だと気づき、蓮は足を止めた。 「マリナ。そこから先は、入ってはいけないって……いつも、マリナが自分で言っていたじゃないか」 「ああ、はい。だって、準備が整うまではお見せできませんでしたから。でも、ここからならお一人でも大丈夫ですわね。それでは、ごゆっくり」  ぴたっと立ち止まり、マリナが笑顔で蓮に頭を下げる。オオカミの姿に戻ったジンジャーも足を止めてしまい、この先は一緒に行くつもりがないらしい。蓮は緊張しながら、前庭と後庭とを分け隔てている建物の扉を潜っていき――歓声を上げていた。 「すごい、花のアーチだ!」   前庭はどちらかというと芝生がメインで、等間隔で観賞樹が植えられているのだが、扉からすぐに続く花のアーチ沿いには色とりどりの花が所せましと咲き綻び、良い香りがする。まさかこんな場所があったとは、と蓮が驚いているうちに、小さな東屋に辿り着いた。そこには先客がいたのだが、先客の正体に気づいて蓮は目を丸くした。 「ウルが、寝ている……」  花に囲まれた、メルヘンチックな場所には似合わない、男前すぎる男が、眉根を寄せて腕組みをしながら寝ていた。王宮から戻ってきたばかりなのか、服もそのままだ。なるべく足音を立てないように、椅子に座ろうとした蓮だったが、ふわふわとしている衣装の裾を踏んづけてしまい倒れそうになったのを、腕を強く引かれて免れた。 「あ、お、ご……ごめんね、起こしちゃって。静かに、座るつもりだったんだけど」 「いや、寝るつもりもなかったからいい。それより、足は痛めていないか?」  そういえば、倒れかけた時にぐきっと足首をやりかけた。このくらいで痛いと言って、心配をかけるのは良くないだろうといつもの癖でへらっと笑うと、一気にウルの顔が苦虫を噛み潰したようになった。そのままぐいぐいと蓮の身体を寄せてしまうと、自分の膝の上に抱え上げて、椅子に腰かけ直す。それから蓮が履いていた靴を脱がせてしまうと、足首をさすってきた。 「少し、痛い……」 「やはりな。転ぶ姿勢が、危なかった」  ウルが小さく嘆息していると、先ほど別れたばかりのマリナがティーセットを持って現れた。いくらマリナにはあれこれと恥ずかしいところを見られているといっても、女装をしたままで抱え上げられている格好を見られるのは一段と恥ずかしい。頑張って目を背けていると、意外にもマリナは挨拶程度しか言葉を発さずにさっさと建物の中に戻っていった。 「あれ。てっきり、からかわれるかと……」 「中に戻ったら、覚悟した方が良いだろうな。恐らく、最初に小言が来ると思うが」  足を痛めたことについて、だろうか。蓮がそわそわとしていると、ウルが蓮の髪へと手を伸ばしてきた。付け毛を足されて緩やかに結われていた髪を解いてくる。 「……ウルも、笑っていいんだよ? こんな格好で、似合ってないなあ、とか……」 「そそっかしいレンが怪我をしそうだから、控えて欲しいとは思うが。正直に言うと、やはり外はあまり歩いてほしくない。迷子になるかどうかは別として……他の男に奪われそうだ。マリナに、ずっと王太子宮と神殿の往復では可哀そうだと散々文句を言われたのだが……」  控えて欲しいもなにも、女装の件に関しては本人の意思が完全に無視されているわけで。第一、ウル以外に蓮を可愛いと思う男がいたとしたら、ユノーのテクニックに騙されているだけだ。恐るべし、怒りのマドモアゼル。  蓮がそう口を開こうとすると、不意を打ってウルが口づけてきた。蓮はウルの口づけに弱い――というより、そういう身体になりつつある。顔を赤くしたまま目をとじて、ウルと深く口づけを交わしているうちに、長い衣装の裾からするりとウルの手が侵入してきた。目を見開いた蓮は慌ててウルから顔を離すと、ウルの手を抑えようとしたが時すでに遅しだった。 「やっ、だめ! ……だめなんだって! そそそっ、外だし!!」 「誰も来ない」  そういうことではなく、と蓮は抗議したが、裾から潜入したままのウルの大きな手のひらは動きを止めてくれない。ぞわぞわとした感触を与えながら、やがて細身ではあるが、男性そのものの、引き締まった蓮の臀部へと至った。 「……レン、これは……」 「………い、言っておくけど、俺の趣味じゃないから! 用意されたのを穿いたら、女性ものって後から言われたんだよ……」  ウルの手つきに期待してしまう身体が、蓮の理性を大いに裏切っていく。平穏時なら際どくはあるが何とか隠せていた蓮自身がふるりと勃ちあがり、狭い布は窮屈だと主張し始めてしまった。とうとう堪えられなかったのか、ウルがくつくつと下を向いて笑い出した。ますます顔を赤くした蓮はじたばたと暴れたが、しっかりとした力で抱きしめられていて逃げ出すことができない。何度か口づけされているうちに、あっさりと流されてしまった。

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