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リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:13

「すみません。神子の偽者が出たって、聞こえたのですが」 「大丈夫ですよ、神子殿。すぐに収束させますから」  すぐに、というのがまた一段と、マリナ風に言えばデンジャラッスなフラグを立てていく。 「偽者が出たのなら、本物の俺がお仕置きするのが筋だと思いませんか? 顔は隠していくので」 「神子殿が自らお仕置き、ですか。……面白そうですね」  神官長よりも厳しい感じがしていた補佐官だったが、釣りあがり気味の狐目が細められ、綺麗な微笑を浮かべて蓮に笑い返してきた。意外と話が分かる男なのかもしれない。蓮が膝掛けにしていた布を頭から目深に被ると、二人で馬車から降りる。既に数人の神官たちが、集まった人々を蹴散らそうと向かっていたが、補佐官が彼らを呼び止めてくれた。蓮たちの目の前で、先日見たのと同じ光景が始まる。神子だと名乗る美少年がオオカミを連れて現れ、人々が大歓声を上げた。人々は一斉に供物やお布施を供えていく。あっという間に積みあがっていくそれらに、神官たちが唖然としている。 (やっぱり驚きますよねー。あ、こんな手があるんだ! って)  神官たちの反応を勘違いした蓮はうんうんと頷きながら、チャンスを伺う。一通り人々が供物などを捧げ終え、オオカミが遠吠えを上げた。祈りのために、人々が地面に額づいていく。影で見守る神官たちには気づいていないのか、偽神子たちは最後の一人が額づいたのを見届けて、いつものように金品を中心に布に詰め込み始めた――その時。 「お集りの皆さーん! いつも、神子殿にたくさんのお供えをありがとうございまあーす!!」  蓮は広場で額づく人々に向かって、ありったけの大きな声を出した。元の世界でブラックなゲーム会社に勤務していた頃、イベントのスタッフが足りなくて駆り出されることもあった。まさかこんなところでその時の経験が役立つとは。補佐官を始めとして、神官たちも目を丸くして蓮を見ているが、一番驚いているのは、突然神官たちが現れた偽神子だろう。金品を詰め込む手は止めないまま、こちらをぎょっとした表情で見ている。人々は何事かと面を上げ始めた。だが、人々からすると、神子がいて、神官がいるのは違和感がないはずだ。聞く姿勢でいる人々に、蓮は目元までは頭から被っていた膝掛けを引き上げながら、なるったけの営業スマイルを浮かべた。 「お気持ちはとーってもありがたいのですが、ここから神殿までは遠いので、いつも神子はほんの一握りのお気持ちだけを頂いております。ぜひ! 皆さんの手で、お気持ちを神殿へ運んでは頂けませんか! 皆さんのお気持ちを! すべて!! 神子殿に届けるために、神殿に運ぶのをお手伝い願えたら、神子がトッテモヨロコビマース! 今ならもれなく、ゴリ……じゃない、マッチョ神官ズも手伝いますよー!! はいっ、神官のみなさん、やっちゃってください!!」  びし、と蓮が供物の方を手で指し示すと、ようやく蓮の意図が分かってきた神官たちが笑いを堪えながら、金品だの供物だのが積まれた『祭壇』へと歩み寄っていった。呆然としている偽神子を横目に、恭しく人々に感謝の意を伝えながら、偽神子が狙うだろう高級そうなものから運び始める。人々は普段神殿でしか会うことのできない神官たちに驚きながらも、神子のために、と一致団結した。人々の中には貸し馬車を営んでいる者がいて、運ぶのを手伝うのを申し出る。人々も、神子が喜ぶぞ、と笑顔で少し遠い神殿への道のりを歩み始める。元々人々の手で持ち込まれた供物はあっという間に神殿へと送られていった。 「……神子殿。お見事ですね」 「あのままだと、神官さんたちが偽神子を人々の前でぼっこぼこにしそうな勢いでしたもんね。そうなると、あの美少年を本物の神子だと思っている人々は、どう思うでしょうか。思い込みは、人も殺しますし国を揺るがすこともあるでしょう」  なるほど、と補佐官は納得して頷いてくれたが、蓮は内心どきどきしていた。まさかこんな簡単に、供物横取り作戦が成功するとは。とりあえず平和的解決に至った、と笑顔になった蓮に向かって、猛烈に突き進んで来る人影があった。 「てっ、てめぇええええ!!!」 「……神子殿、みなが見ていますよ」  補佐官がすぐに止めに入る。補佐官は物腰こそ冷静な能吏といった雰囲気だが、やっぱりゴリラ神官ズの一人である。蓮よりも細い美少年の突撃をあっさりと避けると、子鹿を捕らえるかのごとく腕を美少年の細い首に回した。恐ろしいのは、神官が神子を厚く抱擁しているようにしか見えないところだ。計算された動きに、蓮は(補佐官だけは敵にしてはいけないな)と学習する。補佐官に捕獲された偽神子を連れて、蓮たちは馬車の中へと戻った。これから事情聴取である。神官たちの、先ほどの殺気だった様子と言い、どんな拷問が下されるのかを想像するだけで、自分は何もしていないのに蓮は手に汗を握った。馬車に乗り込んで人々の目がなくなるとすぐに、偽神子はがっちりと手足を拘束された。美少年はそれでもじたばたとしていたが、美少年を助けようとしたオオカミが神官たちに捕獲されるのが開け放たれていた扉の向こう側に見えて、とうとう偽神子が泣き声を出した。 「やめろよっ、そいつは悪くないんだ!!」 「重罪人に口を出す権利があると思うのか!」  冷たい補佐官の声に、蓮も少年に同調してびくっとなる。声を出さなかっただけ、褒めて欲しい。自分が怒られているわけではなくても、これくらいの近距離で怒声を出されるというのは、とても苦手なのだ。 「ええと。俺がちょっと、事情を聴いてみたいかなーと思います。補佐官さんは、少しだけ、席を外してもらっても良いですか?」 「……レン様」  ジト目で補佐官に見られて、蓮はウルが見ていたら怒りそうな、へらっとした笑いを返した。この場合、笑う以外にどういう表情をすればいいのか本気で分からない。補佐官はため息をつくと、「分かりました」と馬車を降りてくれた。  手足を縛られたままの美少年はボロボロと泣いている。手布を取り出して涙を拭ってやると、思いっきり睨み上げられた。 「優しいふりをしても、オレは騙されないぞ。罰するならとっとと罰しろ!」 「別に涙を拭いてやるくらい、優しくもなんともないと思うけど。この国では、神さまを騙ったりするのは重罪って聞いたけど、それは知っているみたいだね。じゃあさ、何のためにあんな危ない橋を渡ろうとしたんだ? 俺は正直、良いアイディアだなって思ったけど、法に触れるのは良くない。実際、集めたものを失っただろう?」  けっ、と美少年が悪態づいた。もう少し蓮にSッ気があれば楽しめる展開だったのかもしれないが、蓮を敵とみなしている少年とどう対話すれば良いのか、蓮が悩み始めた時だった。 「逃げたぞ!!」  近くでそう聞こえたと思ったら、馬車の中に真っ白いものが突撃してきた。

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