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リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:16

 何度も崖から生えている木の枝をぶち折りながら落ちていく中で、身体は痛いけれど幸運にも落下する勢いが衰えていく。枝らしきものに引っかかって「ぎゃふっ」と悲鳴は出たものの、川に落ちるすれすれのところでようやく落下が止まった。 「……た、助かった……?」  自分の状況を確認しようと目を開いたところで、蓮は驚きのあまりカッと目を見開いた。 「ああああああのっ、どなた様でしょう?!」  幼い頃にアニメで見たような、大きな木の魔人めいたものが蓮の目の前にいる。木の魔人はおろおろとした様子で蓮を少し開けた場所に下ろすと、後退った。 (もしかして、俺を助けてくれた……? )  頭の先から足元に至るまですべてが木で覆われており、正体不明なのだが幾つもの枝が絡まってできたような腕で、川に落下するだけだった蓮を拾い上げてくれたのだろうか。むしろ、この世界には神もいればこういうクリーチャー系もいるのかと驚きだ。 「ありがとう。あなたのお蔭で、川に落ちずに済んだみたい」  木の魔人はとりあえず襲い掛かって来る様子もなく、むしろ怯えているのかビクビクと震えながらますます後退っていく。蓮が慌てて声をかけながら頭を下げると、細い枝と枝の隙間に見える、黒い二つの穴――目に当たるのだろうその部分が、蓮へと向けられた。      ごもも、と相手の口にあたるだろう黒い穴が蠢こうとしたその時。「レン様ーー!」と遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。 「あ、神官さんたちだ」  遠目にも目立つ、白ゴリラ隊――もとい、神官たちの姿に蓮もホッとする。しかし、木の魔人は大きな体を震わせると、木の多い方へと後退っていき、見えなくなってしまった。  あれ、と木の魔人の姿を目で追おうとした蓮だったが、ドンと横から衝撃を受けて大きくよろめいた。何とか踏ん張って転倒は免れたつもりだったが、結局尻餅をついてしまう。いてて、と独り言ちていると頬を温かいものが触れてきた。 「ジン……じゃないか、ごめんアレス」  思わずジンジャーの名前を呼びかけてから、間違えたことに気づいて蓮は苦笑すると、自分を追いかけてきてくれたらしい偽神子のオオカミの顎を撫でた。「いらっしゃったぞ!」と大きな声が間近でする。どうやら、アレスが神官たちを引き連れて蓮を探し当ててくれたらしい。 「アレス、ありがとうな。アレスと、お前のご主人様は大丈夫だった? 怪我とかはしていないか?」  ふりふりと大きな尾が揺れる。ここにウルがいれば、アレスの言葉も分かるのになと思いながら、がっしりとしたオオカミらしい太い首を抱きしめていると複数の足音がバタバタと近づいてきた。 「レン様! ご無事ですか、お怪我は?!」  馬車の警護にあたっていた見覚えのある神官から真っ先に声をかけられ、蓮は急いで立ち上がった。自分から立ち上がったことに安堵したのか、緊迫していた神官たちの顔がほっとしたものに変わる。だが、一斉に白い神官服を纏った彼らが膝をつき頭を下げたので、蓮は更に慌てることになった。 「我ら、警護の役を仰せつかっていましたのに、お役に立てず危険な目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした」  補佐官も走り寄り、彼らの先頭で膝をつく。そうして口を開いた補佐官からの言葉に、蓮は「みなさん、頭を下げなくていいので」と返事をしたが誰も頭を上げてくれない。困りながら視線を動かすと、アレスまで反省しているかのように頭をしょんぼりと下げていた。 「ええと。俺の思い付きで皆さんの計画を崩してしまったのが原因だと思うので……こちらこそ、すみませんでした!」  蓮も膝をつき、ガバっと頭を下げると神官たちが「レン様!?」と慌てだした。 「いけません、我々にそのような……!」 「では、一緒に立ち上がりませんか? ちょっとここ、石が多いので痛いなあって」  立ち上がってください、とワラワラと神官たちが立ち上がって蓮を立ち上がらせる。アレスも尾を振りながら立ち上がり、その頭を撫でたところで蓮は首を傾げた。 「ところで、さっき木の魔人みたいな人が俺を助けてくれたみたいなんです。魔人というか、ゴーレムって言うのかな……そんな、感じの。かすり傷くらいで済んだのは、そのひとのお蔭だと思います」 「木の? そうですか……『流れの神』でなければ良いのですが」  補佐官が思案顔で返してきたので、蓮も『流れの神、ですか?』と返すと補佐官は頷いた。 「ここはリコス神が守護する土地ですので、滅多に現れることはないのですが。安住の土地を持たぬ故、己の土地を求めて他の神を喰らう恐ろしい神々のことです。神子――レン様もリコス神の一部と言えますから、重々気を付けなければなりませんね。とにかく、ご無事で良かった」 「き、気をつけたいです」  ジンジャーに牙を剥いてきたアルラ神も怖かったが、それはアルラ神なりのセオリーに基づいての行動だった。しかし、流れの神はそういった神々の思惑から外れているから流れの神なのだろう。何故かすんなりとそう納得できて、蓮は自分で不思議に思った。 (でも、さっきの魔人は怖くなかったんだよなあ。こう……敵に見せかけて、実は優しいんだよ的な?)  うーん、と立ちながら考え始めた蓮の肩に、補佐官が外套をかけてくれた。 「そろそろ神殿に戻りましょう。皆が心配しております。念のため医師の診察も受けましょう」  お医者さんまでは大げさですよ、と返そうとした蓮だったが、先に「ぎゅう」と勢いよくお腹が返事をする。ウルの前でなら冗談で済ませられるようになったが、さすがに神官たちの前では恥ずかしくなり、蓮は顔を真っ赤にしながら「戻りましょう……」とだけ返事をした。

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