86 / 96

リコス国編(本編続編)~彼が靴を作り始めた理由:25

「……これは何のつもりです、ウル殿」  神殿に留め置かれていたリーオが、不機嫌そうにこちらを見てきた。蓮はドキドキとしながらウルを見るが、ウルは悠然と椅子に腰かけている。神殿の中にある客間で、リーオへの食事が並べられているはず――なのに、リーオの前に置かれた皿には、何故か木槌が乗っていた。 「貴殿が仰っていたではないか。ヴァロリテは美味しいと。それが、ヴァロリテだ。ご存知のはずでは?」 「か……勘違いしたのだ」  不機嫌そうなリーオの表情が一変する。誤魔化そうとする笑い――それは蓮にも分かる。 「では、貴殿が竜族であることを証明して頂けないか」 「……証明? この旅券が、ウル殿には理解できないと?」  む、としたリーオの眼差しには、しかし動揺も垣間見られる。男が取り出した旅券はしかし、近くにいたウルの護衛に取り上げられてしまった。 「そうですね、理解できない。よく、どの国もその偽物の旅券で通してきたものだ。それより、貴殿はエウク国の王太子だと名乗っているが、この者に見覚えはありませんか?」  そう言ってウルが指したのは、護衛騎士であるオーヴァだ。いつも明るい雰囲気のオーヴァだが、ウルに指し示された時、いつもと雰囲気が変わった気がして蓮は首を傾げた。 「知らん! こんな国、来るのではなかった。失礼させていただく!」  慌てて立ち上がったリーオはしかし、オーヴァによって強く腕を引かれ、悲鳴を上げる。「なるほど」と蓮のそばでウルが呟く声が聞こえた。 「おかしいな、リーオ殿。竜族の血が少しでも入っている者同士であれば、お互いに触れ合うと竜鱗が勝手に現れるはず。なのに、何の変化も起こらない。顔は確かに、王太子そっくりのようだが」 「えええ!! もしかして、オーヴァさんって……竜族の人なの?!」  思わず立ち上がってしまった蓮に、場に居合わせた面々の視線が集まる。それに気づいて顔を赤くした蓮はすごすごと座り込んだが、隣にいるウルに、どういうことだと視線をぶつけてしまう。ウルはそれに一瞥を返してきただけだ。 「さて。貴様の正体は何だ? この時期にリコスに入り込み、エウクの王太子を名乗るとは――貴様も、ジェルタの片棒を担いでいるのか」  いつになく厳しい声音。自身の首に戻った、ウルからの首飾りを思わず握りしめてしまった蓮の前で、突然リーオが姿を消した――いや、姿を変えた。 『ち、違う……! 自分はっ、そこにいる美しい女を神子にしたかっただけなんだ!』  ぽん、と音が聞こえそうな勢いで小さな蛇に姿を変えたリーオは、オーヴァに摘まみ上げられながら弁明を始めた。美しい女、と言われて蓮はきょろきょろとしたが、この場にいるのは全員男だ。何の話をしているのだろうとは思ったが、ふとその小さな蛇に見覚えがある気がして首を傾げた。 「神子? ……まさか、お前が『流れの神』か?」  驚きながらそう問い重ねたウルの言葉で、小さな蛇がしょんぼりと頷く。 『そうだ。流れの神は、どこに行っても嫌われ者。ようやくこの国に入り込んだところで、神力の高そうな女を見つけたんだ。……しかも、弱っていた僕を手助けし、茂みに移してくれた。絶対に僕のものにしようと決めて、邪魔者がいなくなるのを見計らっていたのに……!』  弱っていた。茂み。蓮がますます首を傾げたところで、小さな蛇は身を捻らせてオーヴァの指から脱出すると、蓮に向かって飛びかかり――あっさりとウルによって掴み取られてしまった。 『ぬううう、ここまでか!』 「もしかして……あの時の、子蛇かな?」  目を瞬かせながら蓮が問うと、心持ち子蛇の目がきゅるんと輝いた。先が二つに割れた小さな舌が、期待でちろりと覗いている。 「レン、これを知っているのか?」 「知っているというか。前、はっぴーつあーの時に、小さな蛇が道端で弱々しく動いていたから、茂みには移したことがあったけれど……でもごめん、俺は男だよ。女の子の神子には、なれないかな。第一、ジン……リコス神の神子だし」  てへ、と笑って見せた蓮の告白に、子蛇があんぐりと口を開いた。そして再びしょんぼりと項垂れる。すっかり大人しくなった子蛇は、『絶望だ……煮るなり焼くなり好きにすれば良い』と嘆いた。 「蛇は珍味と言います。早速火を準備させましょう」  明るい声でそう言ったオーヴァの言葉に、子蛇と蓮はぶるぶると身を震わせる。子蛇に至っては、『なっ、何でもしますからやっぱりお許しを……!』と、か細い声で早速助けを求めてきた。 「オーヴァ、レンが驚いている。冗談はそこまでにしておけ。……流れの神。お前は、何にでも変ずることができるのか?」 『ま……まあ、それが僕の能力だから。石でも、なんでも……一度でも、見たことがあるものなら』  成る程、とウルが微笑む。とりあえず、子蛇が焼かれることはないらしいと安堵した蓮だが、その笑みを見て、何かが起こる予感がありありだった。

ともだちにシェアしよう!