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番外編:花摘み騎士と気持ちの在り処

「アルラ神の神子、ですか」  彼が聞かされた内容は、まさしく青天の霹靂だった。  急遽、王に呼び出されて駆け付けたのは、アルラ国の若き騎士団長、ウル・エイデスだ。玉座に在る王の傍には、滅多に姿を見かけることのない神官長がいた。アルラ神を祀る神殿を統べる神官長は神官の中で最も高齢である。すっかり白くなった長髭をさすりながらも震える声で、神官長は神子が現れたことを居並ぶ重臣たちに告げた。  アルラ国の伝説にも、アルラ神の神子が現れることは何度も綴られており、数百年に一度降臨するとも言われている。ウルの本当の生国であるリコス国では、神子は初代がいたと語り継がれているだけで、神話の終わり以降に現れたとの記述はない。神子、という存在が現れたことについて真剣に議論する場に臨席することになるとは、不思議な気持ちもある。 「アルラ神の魂が宿ると言われております神石が、ここ数日赤く明滅しておりました。それは、神子の降臨する前触れとの記述が史書にございます故、陛下には予めお伝えし、万端の準備をしておりました。そうして、降臨されたところを無事お迎えするに至りました」  アルラ王が真面目な顔で頷いている。 「というわけで、エイデス。神子殿の護衛をお願いするよ。神殿は警護の面から言うと不安が残る。城の方が良いだろう。みな、異議はないかな?」  王の一声に、全員が恭順の意を示すために頭を下げた。  神官長や己の配下の騎士たちを連れて、神子を迎えに行き――ウルは、アルラ神の神子と出会った。 *** 「神子殿は一体、どちらの国お方なんでしょうねえ。さっぱり仰っていることが分かりません」  身体は大きいが、少しのんびりとした感じもある話し方をするのはオーヴァという己の配下だ。配下の中でも一番共にいる時間が長い。裏表のない性格で、誰が相手でも想ったことは言うが、その言い方がとても上手い。誰も傷つけない話し方をするので、感情が分かりにくいと言われやすいウルと他の騎士たちを上手く繋いでくれる。  そのオーヴァが、めずらしく音を上げた。 「私も聞いたことのない言葉だ。もしかしたら――簡単には信じられないことだが、異界を渡って来たのかもしれない」 「異界、ですか……。それにしても、警戒心バリバリというか、まったくこちらと意思疎通してくれそうな気配もありませんねえ。とにかく不満がおありなのでしょうが、何についてなのか一向に見当がつきません。言葉が分からないのに分かるためには、お互いの気持ちが通じ合わないと」  嘆息交じりのオーヴァの言葉に、ウルは頷くことで返した。  ウルやオーヴァがいるのは、かつては神聖な儀式の一つだったともいわれる、アルラ神のための祭りだ。今では女性が意中の男性に花を渡し告白する催しが主となっており、とにかく賑やかに行われる。賑やかなことが大好きなアルラ王一押しの祭りであるが、神子が降臨したばかりという状況ではさすがに臨席することは叶わず、今ごろ城でこちらの方面を眺めているかもしれない。そして、神子が現れたことを喜ぶ人々によって、例年になく今年は盛り上がっていた。衛兵のみならずウル達も、祭りが無事に終わるまでは警護にあたることとなっている。  やがて美しく装った若い女性たちが舞台の上に上がり、踊りを舞い始めた。騎士団が一番先頭に立つこともあり、例年騎士に花を渡す女性は多い。 「ありがとう、でも申し訳ない。自分は受け取れないんだ」  隣で警護にあたっていたオーヴァが、差し出された花を優しく拒む。断られた女性が泣きながら引き上げていくのを見守る。そのうち挙動不審な、異国人の顔立ちをした女性に、ウルはようやく気付いた。今まで舞台下で異変がないか周囲に神経を張り巡らせていたのもあるが、その存在に気づいてからは、何故か目を惹かれた。その女性は小さい顔に程よく整った顔をしているのだが、それが勿体ないくらいにきょろきょろと忙しない。いつ足を引っかけて転ぶか、ウルはハラハラとしつつも苛立っていた。他の女性にぶつかられても、怒るでもなくへらっと笑っているその女に。  ふらふら、ふらふら。やがて思いっきり突き飛ばされた彼女が舞台の下に――ウルの上に、落ちてきた。 「@@@@、@@……@@、@@@@@@」  彼女――ではなかったことはすぐに察した。可愛らしい顔をしているけれど、身体に柔らかさはない……相手は、若い男だ。そして、ウルが聞くのも嫌になりつつあった異界の言葉に似たものを、男が口にした。  ごめんなさい、と言っているように思えたが、男は腰が抜けたのか、ひたすらもたついている。とにかく除けようと男の腰を掴んだところで、その腰が細いことに気づいた己に嫌悪もした。……そうして、花を掴むことになってしまった。花を受け取ったら、その相手を受け入れたということだ。  「あ、花を……」  オーヴァがぼそりと呟くのが、耳の良いウルにはしっかりと聞こえた。もたもた。ふらふら。危なっかしいのにのんびりとしたその様子に、やけに苛立つ。この青年を受け入れなかったら、神が選んだ相手を断るのと同義になるという。目の前の男はきっと、そんなことを気にしてもなさそうに見えるのも、あるかもしれない。  神に己の生涯を捧げると誓ったのに、その誓いを裏切る。  なのに、目の前の男から目を離せない――己自身。何より、ウルが警護すべきアルラ神の神子の言葉は一切理解できないし、できるとも思えないのに、不思議と青年が口にすることは分かる気がして――先ほどオーヴァが零していた、気持ちの在り処のことを思い起こす。  もう、逡巡はなかった。苛立ちは、今までになく多分にあるけれど。 「この者を! ……我が花嫁として、迎え入れる!」  それは、神が選んだ相手を受け入れる時に宣言する、決められた台詞だ……まさか自分が言うことになるとは。言い終えるや否や、人々が一斉に歓声を上げる。見せ物になったことも屈辱に思えて、ウルは荒々しく青年の細腕を掴み上げた。  ――こうして、ウル・エイデスは人生の伴侶を、突発的な事故により得ることとなるのだった。 Fin.

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