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後日談:エデュカからの土産
「奥様! はっぴーつあー第二弾をやりましょう!」
朝から元気良く登場した己の侍女に、蓮はやや引きながら苦笑いを返した。
「マリナ。この間のはっぴーつあーで、俺は十分満足したよ?」
「ふっふっふ、この度のはっぴーつあー第二弾こそ抜かりございません!」
前回は抜かりどころか、うっかり流れの神に親切にしてしまったせいで色々あり過ぎた。いくら蓮でも、同じ轍は踏みたくない。しかし折角蓮のために考えてくれたことは嬉しかったので、あえて騒動のことには言及しなかったが、マリナは引かない。
「大丈夫です。今回はお化粧も、美しいお衣装もなしですわ」
「……フリフリがついた下着も?」
疑いの眼差しを向けたまま尋ねると、「当然です」と猫の侍女は答える。
「とにかく、お着替えして下まで参りましょうね」
その後は怒りのマドモアゼルこと、ユノーの独壇場となる。しかし普段着というには、騎士服に似た、しっかりとした作りの服を着せられて蓮は目を瞬かせた。
「準備が整いましたので、しゅっぱー……」
「マリナ。レンは私が連れ出してもいいだろうか」
にゃっ、とマリナが目を丸くした。朝早く王宮へと向かったはずのウルがいる。驚いたのもつかの間、マリナはニヤリと蓮に向かって笑んでから、「どうぞどうぞ」と恭しく頭を下げた。
「……男前が上がったな」
「ほんとう?」
蓮の頭から足元をまでを見て、ウルが感嘆したように呟く。もしかしたら、その褒め言葉はこの世界に来て初めてかもしれない。思わず、嬉しくて期待の眼差しで己の伴侶を見上げてしまう。
「奥様、御髪も整えましょうね」
イノシシモードが解除されたユノーが微笑みながら、蓮の柔らかく跳ねている髪を整えてくれた。
***
馬車に乗り込んだ後も、ずっとウルが見てくるので蓮は次第に辟易としてきた。そもそも、あまり自分に注目されることには慣れていない。助けてくれるジンジャーもこの場にはおらず、向かい合わせに座っているのがいたたまれない。
「……ねえ、俺の顔に何かついているの?」
とうとう耐えかねて蓮が話しかけると、ウルが目を瞬かせた。驚いたように思えて、蓮も驚く。「いや……」とウルは自身の口のあたりを手のひらで覆いながら、ふっと視線を逸らした。心なしか、恥ずかしそうだ。
「すまない。いつも見慣れているレンと違って見えるから、つい。前髪を上げると別人のようで」
「そう? ああ、でも会社のイベントに行く時とかは前髪上げたりしていたかなあ」
とりあえず、顔に何かついているわけではないらしい。ウルを見ようとしたところで、ガタン、と馬車が音を立てて止まり、蓮はウル側へと倒れかけたが難なく抱きかかえられた。
「ごめん、痛くなかった? ……馬車にもシートベルトがあればいいのに。結構危ないね」
「ああ、レンは大丈夫か」
頷くと、ウルの隣に座らせられた。向かい合わせなら平気だったのに、手も触れ合う距離となると緊張してしまう。
水鳥の引っ越し中みたいで、と苦笑いしながら馭者が顔を覗かせて伝えてくれた。あれか、親鳥がよちよち歩きの雛を連れて、道路を横切っていく的な光景か。その光景を見たい気はするが、身体が動かない。また二人きりに戻ると、ウルの指が蓮の耳のあたりに触れてきた。先ほどので少し乱れた髪を、直してくれているのだが――その触れてくる指の体温に驚いて、声を上げると笑われてしまった。
「……なんか、こうしているとほら、俺がオオカミになっちゃった時みたいだね。ずっと俺に話しかけてくれて……抱きしめてくれたから、すごく安心できたんだ」
「元に戻れる保証があるなら、オオカミのレンも悪くなかったが。やはり、レンと話せないのは辛かったな。私は、レンの話す声も、レンが考えて話してくれることも、すべて愛しく思っているから」
恥ずかしげもなくそう言い切った己の伴侶に、蓮は今度こそ琥珀色の瞳をまん丸くし、それから盛大に赤面をした。動揺して思わず後退りかけたが、すぐにウルのところに引き寄せられてしまった。
少しして動き出した馬車は王都の外れにある、小さな料亭へと蓮たちを連れて行った。そこで待っていたのは、エデュカの執行官である、ルモネという男だった。ルモネは穏やかな雰囲気の男で、笑顔が似合っている。
「なるほど。こうして話しているだけで、神子殿のお人柄が感じられるようですなあ。そうそう、王都まで押しかけたのはですね。神子殿に挨拶するためと、殿下の大事な奥方にエデュカの名産をお届けするためでして」
「わあ、美味しそうですね!」
もちろん美味しいですとも、とルモネが笑顔で頷く。
「殿下はエデュカにほんの少ししか滞在されなかったのに、このルモネ、奥方のお好みなどたっぷりと聞かされましたし、どんな土産が良いかとあれこれ相談を受けておりましたからね。それなのに土産を求めるのも忘れていったので、お届けに参ったまで」
「わあ、自分の話なんか聞かされても、楽しくなかったでしょう。すみません」
何もかも自分でどうにかしていそうなウルが、人に相談するというのがめずらしく思えた。ルモネは「いやあ、楽しかったですぞ」と返してくる。ウルの方を見ると――なぜか、蓮の旦那様は今までにない苦虫フェイスになっていたのだった。
Fin.
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