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番外編:夏越の月と光る鳥

「ホッタ……ルー?」 「違う違う、ホタルだって。やっぱり、こっちにはいないのかな」  リコスは温暖な気候な方だけれど、暑い時期と寒い時期はある。そろそろ暑い時期になりかかっている。暗がりの庭を見ていて、不意に光る物体を見かけた。そこでホタルがこの世界にもいるのか! と驚いた蓮だったが。 「なんか……こう、お尻の部分が光る虫なんだ。そんな感じの、いない?」 「聞いたこともないな。レンがいた世界には、奇っ怪な生物が随分と多かったのだな」  真面目な顔でウルに返されて、蓮は思わず噴き出しそうになった。  奇っ怪もなにも、蓮がいた世界には猫耳の獣人も、言葉を話すぽよんとした巨躯のオオカミだって存在しない。この場所にいると、こういった事象の方が当たり前になってくる。実は元いた世界にもいたのではなんて、思考そのものがファンタジックになってしまい困る。 「じゃあさ、庭で光っていたのはなんだろう? ふわふわーって飛んでいたよ」 「奥様が以前、人の魂は夜、光って現れると仰っていませんでしたか?」  照明の火を確認しに来たマリナが、そう言ってニヤリと笑んだ。猫そのもののマリナの目は、薄暗がりでは光って見える。  さて。確かに火の玉のことを、以前ノリでマリナたちに話した気はする。さすがにいやまさか、でもここはファンタジーな世界だ。そろそろと窓辺から逃げようとした蓮の耳に、ウルが笑い零す声が聞こえた。大声で笑い飛ばすなんてことはしないお上品な旦那様だが、蓮といる時は笑っている気がする。苦虫噛みつぶしちゃいましたフェイスよりも、笑顔は何倍も破壊力がある。そんなに変なことをしている自覚はないのだが。 「では、光るものの正体を見に行こうか」 「ええーーー!? いいよ、俺は」  及び腰になったところを抱きかかえられてしまった。いつも思うが、これでも一応成人した男なのに、抱きかかえられるウルは純粋にすごいとは思う。思うけれど、逆のことを試してみたい自分もいる。何と言っても、神子なんていう、ファンタジー小説のある意味頂点にいるのだ。もしかしてすっごい力があったりして、とまた悪い癖が出てくる。 「ウル、ちょっと下ろしてもらってもいい?」  どうしたんだ、と言わんばかりの表情をしつつ、すんなりと床に下ろしてもらった。それからウルの背に腕をまわしつつ、どうにかできないか頑張ってみた蓮だったが――ウルの姿勢は、一向に崩れない。 「レン。何をしたいのか、聞いても良いか」 「……ウルがいつもしているみたいに、ウルを抱え上げられたら格好いいな、って思ったんだけど……全然びくともしないなあって」  ぶふ、と近くから盛大に噴き出す声が聞こえた。犯人は分かっている――マリナだ。 「レンほどの体重で、簡単に押されていたら、さすがに騎士は務まらないからな。レンも、剣の鍛錬でもすれば違うかもしれないが……いかんせん、切れる物を持たせるのは抵抗がある」 「ねえ……もしかして、エイデスのお屋敷で指切ったこと、持ち出している?」  ウルをジト目で見上げる。さあ、どうだったかとウルは笑うと、今度は蓮の手を己の手で握りしめてきた。 「光鳥が見られるのは、この時期だけだ」 「……光鳥? って、なに?」  説明を求めたのに、それには答えずに部屋から出ると、ウルはさっさと中庭へと向かった。夜の庭は当然、誰もいない。マリナもついて来なかったので、まさしく二人だけの世界だ。 「あ、いたいた! これだよ、このほわっと光っているやつ」  光はどんどんと近づいてくると、蓮たちの傍までやって来た。光の正体は、テニスボール大の大きさのまん丸い鳥だ。この世界を創造した神さまは、丸いフォルムがお好きなのだろうか。 (ジンジャーに今度聞いてみよっかな?)  そんなことを想いつつ、そっと手のひらを差し伸べてみると、逃げることなく光鳥は蓮のところに来て、手のひらの上で一休みと言わんばかりにぽてんと落ちついた。思った以上に体温が高いのか、すぐに手のひらの、光鳥に触れている部分がほかほかとなる。 「かっわいー……」 「レン、よんだ?」  ひょい、と幼い子どもの姿でリコス神ことジンジャーが現れた。光鳥はジンジャーの出現に慌てて小さな翼をばたつかせ、あっという間に夜闇に消えて行ってしまった。「あ……」と声を出してしまった蓮に、ジンジャーも光鳥が消えていった先を見やってから「タイミング、まちがえちゃった?」と狼狽えている。まさか、と笑ってみせると、ほっとした気配を見せた。 「……マリナ。光鳥は食べ物ではないぞ」 「くっ、残念ですわ……!」  ぼそりと呟いたウルの声で、振り返るとそこにはどこから取ってきたのか分からないような虫取り網を握りしめたマリナがいた。 「マリナってば……」 「奥様。光鳥は、とーってもめずらしいのですよ。美しい金色の羽根、夜闇に光るぼでぃ。その鳴き声は『キンピカー』。それこそ、売ればそれなりになります」  え、とつい声が出てしまった。あんなふわふわ可愛いの、確かにそれなりになりそうだ。しかし、いくら蓮でも愛くるしい鳥がかわいそうな末路を辿るのは無理だ。 「マリナ。さすがの俺でも、そこは乗れないよ」 「おっ、奥様……! 奥様の胸元に、光鳥の羽根がついてますわ! その金ぴかな羽根を持っていると幸運と金運が同時にやってくると言われています!!」  マリナが言い終えた瞬間、蓮は大慌てで羽根を摘まもうとしたが、焦りすぎたのが悪かったのか、ふわりと夜風に舞い上がってしまう。  その羽根は、ふわふわと漂ってウルの髪に引っかかった。 (……なるほど、確かに俺の幸運で金運のすべて、かも)  なーんてね、と心の中で呟いた蓮に答えたのは、『キンピカー』と遠くから鳴く、意外と野太い光鳥の声だった。   Fin.

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