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第2話

ただ、親しみを持ちたいということで呼んでいるのだろうけど。 名前で呼ばれる度、鼓動がうるさく鳴る。 本当は、わからないふりをしている部分もあった。 数学の教科書とノートを開いて、疑問点を教えてもらう。 彼と一緒にいる時間を多く持つためには、馬鹿なふりをすることも必要だった。 祐希の教え方はうまく、数学が苦手だった生徒もあっという間に 成績を上げていく。授業が楽しいという声もよく聞かれる。 彼は、教師陣からも信頼は厚く、期待されている。 (さすが、僕の惚れた男だ!) うんうんと頷いて、祐希の話に聞き入る。わざとらしくなってないか、意識しながら、 いい頃合いで理解を示した。我ながら計算高いと思いながら、これも全部 狂わせている勇気が悪いと全部彼のせいにした。 「先生、いつもありがとう……貴重な時間を割いて教えてくれて」 「いや、数学が好きなだけだよ。俺のつまらない話を聞いてくれる 希望に感謝しているんだ」 どく、と心臓が鳴った。 どうして、こんなふうに自分を卑下する物言いをするの。 「何言ってんの。先生は教え方が上手いじゃない」 「慣れただけだって」 照れたように笑う彼に、抱きつきたい心をなだめるのに必死だった。 30分ほど共に過ごした後、頭を下げて教室を出ていく。 今日も恋心は加速した。 「何で、祐希はあんなにかっこいいんだよ。むかつく」 唇を尖らせて自転車を走らせる。 家での勉強はつまらないが、大学に行くため 通わせてもらうことへの感謝もあるから、 必死で勉強を重ねていた。友達と遊ぶ暇はないが、 心の中で祐希のことは思っている。 三年になってから、強くなった想いは、 今にも破裂しそうだった。 彼と手を繋いで歩いたり抱きしめられたい。 (大好きなんだよ……な) それ以上は想像できないけど。 うわべじゃなく、社交辞令でもなく 生徒と向き合うその姿は大人としての理想でもあった。 親よりずっと近く思えて、それが切ない。 教師と生徒だけじゃなく、恋人同士になりたい。 悶々と横たわるベッドの中、祐希を思う。怒った顔さえいとおしくたまらない。 「大好き……」 抱き枕を抱きしめて瞳を閉じる。 枕じゃなくて、祐希に抱きしめられたい。 その願望の先を知らなくてもただ、そう願っていた。 今の関係が気まずくなることへの恐れから、告白なんて大それた真似はできない。 暴走する心を必死で繋ぎとめる。 この気持ちは、誰にも邪魔できない。本物なんだから。 瞼を流れる涙が枕を濡らす。 いつの間にか、泣き疲れて眠っていた。

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