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第5話
「希望……好きだよ」
優しく囁きかける彼は、頭を撫でて
抱きしめてくれた。
この長身、微かに香るコロン。
「ゆ……本間先生」
「祐希っていつも呼んでるだろ」
「!?」
長い腕が、背中から腰を撫でる。
こんな甘い抱擁……夢みたい。
「大好き」
身体が離れて、大きな手が肩を抱く。
ゆっくりと影が重なって、唇が触れた。
「っ……」
淡い感触が何度も繰り返されて、そこで記憶が途切れた。
「祐希っ……!!」
朝陽が差し込む部屋の中、夢の余韻に浸る。
初夏のあの日から、七か月が過ぎようとしている。
数学の授業がなくても、担任だから毎日顔を合わせる
……過ごす時間は限られているけれど。
賑やかで楽しい季節は、誰にも等しく訪れる。
今年もきっと独りぼっちでテーブルに置かれた紙幣を
握りしめ、ケーキを買いに行く。
終業式を終えた教室の中、帰宅を促す校内放送を
聞きながらぼんやりと席に座っていた。
「先生……」
ぽつり、呟くと廊下に気配を感じた。
扉が、がらりと開く。
「どうした、希望。まだ残ってたのか」
「うん」
「お前は帰っても昼間一人だったな……」
「そうだよ。夜もどうせ顔合わせないけどね」
父親は出張中だし、母親も夜の仕事で出ていく。
昼間に出ていくから、過ごす時間も少ない。
もう寂しいとすら思うこともなくなった。
慣れと惰性だろう。
「一緒に帰るか。送ってやる」
「い、いいの? まずいんじゃないの」
「大丈夫だよ。校門の前で待っててくれるか」
「う、うん! 」
うなぎ上りするテンションを止められない。
神様はご褒美をくれたんだ。そうに違いない。
「本当にお前は素直だな。かわいすぎるだろ」
ぼっ、と頬に熱がともる。
可愛いなんて、例のやつに告られて言われても
胸に響かなかったのに、言う人物で違うなんて。
「ありがとう! 校門で待ってるから、すぐ来てね」
にこにこと微笑む。廊下に出た祐希を見送ると、
逆方向から、階段を駆け下りた。
下足箱で靴に履き替えて、校門まで駆けだす。
暫く待っていると、職員駐車場から
真っ赤に輝くスポーツカーが現れた。
他の生徒は、帰宅していてそばを通るものは誰もいなかったが、
何となく校門より向こうまで先に歩いていく。
校門を出たところで、運転席の窓が開く。
「助手席へどうぞ」
促されて、助手席のドアを開けた。
乗り込んだ瞬間から、心臓がひどくうるさく鳴り始めた。
「シートベルトしろよ」
「う、うん」
かちゃり、シートベルトをすると車は、ゆっくりと走り出した。
何故か、悪いことをしている気分になる。
でも、送ってくれると言ったのは祐希……本間先生のほうだから。
自分に言い訳して、運転する横顔を見つめ続けた。
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