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第8話
ねえ、先生。
どうしてあんな抱きしめ方をしたの。
新しい恋をしろよと言った声が、
震えていたことに気づいたから、
少しだけ期待したんだよ。
高校の卒業間際、初めての恋は脆くも
終わりを告げた。
叶うはずもない。
教師と生徒。
僕が女の子だったとしても
叶わぬ恋なのは間違いなかったけど、
先生の気持ちに触れられた気はしたんだ。
まだ、あの日からハートに鍵はかかったまま
誰にも明け渡してない。大学は共学だったが、
性別関係なく誰にも興味はなかった。
確かに本間祐希は、れっきとした男性だったけど、彼だったから好きになっただけだ。
告白されても、そっけなく交わす。
好きになれるか分からないのに、
付き合うのは申し訳ない。
大学生活も二年目を迎え、就職活動のことも考え始めた。家を出て一人暮らしを始めたから、
生活もギリギリだ。親は仕送りをくれるが、
学費のこともあるので、最低限自分で稼ぎたくてバイトに勤しむ日々。恋愛のことなんて、
考える余裕はなかった。
近寄り難いと思われるくらいでちょうどいい。
「……明日で20歳か」
あの頃の城崎希望は、もういない。
家族がいても独りだったが、誕生日ケーキは用意されていた。今は自分で用意しなければならない。甘いものにお金を使うのなら、食材を買いたい方なので、誕生日といえど普通に過ごそうと思った。一緒にいてほしい相手なんて、彼氏かいないのだから。
「あ、バイトのシフト入ってた」
夜を1人で過ごさなくて良いのだと、思う気持ちと虚しさが半々だった。
「奇跡とか起こんないよね」
独り言を呟いて布団をひっ被る。
呆気なく朝は訪れて、大学へ向かった。
授業を終え、清々しい気持ちでバイト先へ向かう。居酒屋に行くとタイムカードを押して、
ホールへ行く。お客さんを案内し、料理を運ぶのが僕の仕事だ。
調理担当の面接も受けたが、接客に向いていると判断されて、結局ホール担当になった。
店の開き戸が開けられた。
「いらっしゃいませ……えっ」
目の前に現れたのは、見間違えようがない。
初恋の男性であり高校で数学を担当していた教師……本間祐希だった。
「……挨拶おかしいぞ」
クスッと笑った彼の表情に、頬をあからめる。
二年経って、さらに色っぽく男らしさもました気はする。意識すると心臓が暴れだした。
今は仕事中だ。動揺しないように
心がけて、席へと案内する。
「久しぶりだな、希望」
「うん。先生は一人で来たんだ」
「二人いるように見えるか? 」
ああ、また口元で笑った。
カウンター席じゃなくて、座敷に案内した。
今日は、客が多い曜日じゃないし、
店長も何も言わないだろう。
「生活は厳しいのか? お前んとこはそんな感じじゃなさそうだったけど」
「仕送りはもらってるけど、最低限の生活費くらいは稼ぎたいんだ。いい歳して親の小遣いで、
欲しいものなんて買えないよ」
「やっぱり、しっかりしてんな」
「本当は頼ってほしかったんだって。お金だけはあって、愛はない家庭じゃなかったんだ」
「お前は愛されて育ったんだよ」
メニューを置いて、引戸を閉める。
久しぶりなのに、どうして普通に話せるんだろう。まるで時間が戻ったみたいだ。
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