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第2話
全てを話せるわけではないけれど、と水色―トオル―が教えてくれた真実は、世話人の物語とは少し違っていた。
トオルは「不死者」であり、死なない生き物だ。不死の国からこの世にやってくる。最大の特徴として、「獣人そのものの妊娠」が可能だ。ひとりと決めた男を精液だけで孕むことができる体をもっているらしい。
「俺はシシを20人産んだよ。いまは21人目…」
トオルはうっとりと腹を撫でた。言われてみればたしかに少し丸く大きい感じがする。
「いまのシシが死ぬまで続くから、このシシはお腹にいれてから100年くらいかな。100年ずっとつわりなんだ」
「トオル…」
「ふふ、4000年もお前を孕んでいるんだから慣れっこだよ」
体ごと取り込みたいように、シシが後ろからトオルを抱きしめる。
「雌雄があって、そのうえ精と卵があって妊娠するのではなくて……精液を元に剥製を作る、冷たい場所でミイラを作るようなものだから俺たちは体が冷たいんだ」
なるほど、とウタウの100年越しの疑問が解決した。意味があってこの体は冷たかったのだ。
「胎を通して記憶を共有できるから、俺は4000年ずっと同じ『シシ』の親で、つがいなんだよ」
「みんなそうなの…?」
「ううん、俺はお父さんとお母さんがいるよ」
トラが後ろから能天気な声を出す。シシが咳払いをして引き継いだ。
「獣人については俺が話す。獣の上半身と人間の体を持つ生物が獣人であり、人間の言葉を理解し道具を使う生き物だ。人間に比べて長命だが、不死者と違って必ず死ぬ。統率力と身体能力に優れており、体の強さは人間の比ではない。全く同一の個体が不死者の体から生まれてくるのも獣人の特異な性質だ。だが…トラのように普通の繁殖も可能だ。獣人の中でも不死者を得られるのは限られたものだけで、俺とトオルの例は至極稀だ」
シシの声をトオルは目を閉じて半分眠りながら聞いている。たまに腹に手を当ててうっとりするのでウタウは気が散ってしょうがない。急に色っぽくならないでほしい。
「獣人は、同じ種類が何匹も生まれない。獅子…ライオンの性質を持っているのは今は俺しかいないし、虎もこいつだけ……あとは豹、梟、蛇の個体が確認されている」
シシはトラと違い、理路整然と分かりやすい話をしてくれるので助かった。
「同じ種類の獣が発現するのは稀で、個体の持つ性質を受け継ぐために不死者から生まれ直す必要がある」
シシは話の途中で何度もトオルの首の後ろの匂いを嗅いだ。そんなことする人間はいなかったから、本当にこの生き物たちは獣なんだと実感する。そして、同じことを自分も後ろのトラにされているはずだ。
「なぜ、獣が人間に体を近づけたか分かるか?」
「え……わかんない」
急に問われて、ウタウは固まってしまう。それでなくとも情報量が多いのだ。
「不死者が人間の男の体を持って現れるから、それに種付けしやすくするために進化したんだ」
直截的な言葉に戸惑う。雌雄のある妊娠ではなくても、精液を孕ませる必要性は変わらない。
「そして、不死者から生まれてきやすくするために体を人間に寄せた。人間の体で獣を産むのは大変だからな」
「…ふふ、シシも最初は完全に獣だったから、つがうのも産むのも大変だった…」
自分の話す部分ではなくなってから、トオルは完全に自由になった。とろんとした目でシシを見つめている。
「…獣人は、世に戦争があるときは相応の立場もとるが、基本的には自然を守るための役割を与えられている。俺は雨で、トラは風だ」
「…竜巻…?」
「ごめんね、うれしくて、おさえられなくて…」
社を壊した犯人を見つけた。
「それでね…たまにお前みたいな子が人間のところに生まれる」
トオルがウタウに語りかける。
「お前、鬼の子って言われていたんでしょう。それは逆なんだよ。俺たちは『鬼が連れていってしまった子』という意味で呼んでたんだ。鬼って、人間のこと。人間は鬼だから……」
「でももう、大丈夫だからね」
ぎゅっと温かい毛皮に抱き締められる。
「鬼の子の存在と年齢は分かってた。ちょうど胎が熟しただろうってときにトラが成人したから、迎えに行かせたんだよ」
「熟した…?」
自分のことらしいがなんだかさっぱり分からない。
「不死者はだいたい100年で孕めるようになるから。そのうち嫌でも分かるよ」
「オレの! オレのウタウ」
「トラとウタウは一番最初の男と男になるんだよ。これから何千年も続く『トラ』という個体のね」
「……そう……」
なんだか物凄く眠たくなってきた。許容量を越えた情報が一気に流れ込んできたからだろうか? いや、それだけではない。
「なんで夜に来たの…?」
「俺たちは夜行性だ」
「そこ…?」
「トラ、部屋に連れて行って寝かせてあげなさい。孕ませるのは明日まで我慢して」
「はい! ウタウ、お休みしようね。トオル、シシ、ありがとう」
軽々と持ち上げられて、歩く振動が伝わってくる。ちゃんと自分もトオルとシシに挨拶をしなくてはと思うのに、瞼を開けることすら難しい。眠い。思い返してみればさっきまで社で一人で寝ていたのだ。それが嘘みたいに賑やかな時間だった。
ぱたん、と扉が閉まる音がして、ゆっくりとトラが鼻歌を歌いながら城の中を歩く。
「いい子、冷たくて、かわいくて……ウタウ、可愛い子…」
ふかふかの毛皮は何層にもなっている。頬で感じて、なんだか泣きたい気持ちになった。もしこの獣が恐ろしく、乱暴で、無体を強いるような生き物であったなら抵抗もできるだろう。しかしそうではない。
「はい、お布団だよ~」
この生き物は、どうかしている。優しい。自分の寝室に「犯していい」とされる生き物を寝かせて、自分は跪いてそれを眺めている。
「ゆっくり、ゆっくりね」
「……ねえ、」
「ん? トラって呼んで」
呼ぶと、温かい声が返ってくる。眠りにつくまで、話したいと思った。
「トラ、何歳…?」
「100歳になったばっかり。ウタウと同い年だよ。シシは200歳で、トオルは……すごい長生き!」
「そう……トラは……」
「ん?」
掌をぎゅっと握られる。鋭い爪を隠そうと丸まっている。
「トラは、俺に、トラを産んでほしい……?」
「うん!」
純粋な答えだった。それが獣人というものだと、ウタウは分かった。
「……わかった……」
「おやすみ、ウタウ」
同じ種類の生き物の存在と、名前と、つがい。あの地面から100年経って、少年の世界が動き出した。
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