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第3話<シシ×トオル>

*** トラとウタウが部屋から出た瞬間、シシは強くトオルに噛みついた。 「んっ、……いたい、シシ、興奮してるの」 「俺のものだ、トオル…鬼の子なんか、トラなんかどうでもいい」 唸り声とともに、何度も首の後ろに歯を立てる。最近噛み癖がひどくなって、血は出ないが内出血の痣が残るようになった。長椅子の上で抱きかかえられているが、これはシシが好む背面座位と変わらない。 「シシ、獣人の話のとき言わなかったね」 「うるさい」 獣人は全く同じ個体として不死者の体から何代も生まれることができるが、魂の情報が傷んでくると病気になったり奇形が生まれるようになり、個体そのものを維持できなくなる。 「まだ先の話だ、あいつらには関係ない」 「シシ、こわいの?」 「怖くなんかない」 ゆったりとしたトオルの服をたくしあげて、足の間に指を這わせる。不死者は獣を孕み続けるために、一度宿したらすぐに獣を受け入れられる体になる。 「あ……さっきまでしてた、もう疲れた」 「知らない」 「もう……お前はなにも怖がらなくていいのに」 鋭い爪を引っ込めた丸い指が、確かめるようにトオルの後ろの孔を探る。すぐに緩んで、獣の巨大な性器を受け入れられるよう蕩け始めた。 「んっ…んっ……お前は、俺が……ぁぁ、200年前に……」 シシとまぐわうときに必ずトオルが歌う唄がある。 ―お前は200年前に俺が産んだ ―100年かけて大人の雄にして ―100年かけてまたお前を孕んでいる ―シシは俺の特別、いちばんの宝物 「ぁぁあっ、ああっ」 獣と不死者は歌いながら契る。胎を通して同一個体の記憶を共有するために、音が重要なのだ。いわゆる胎教と呼ばれるものを、一生かけてふたりで行う。 シシの太く逞しい陽根が、ずっぷりとトオルの中へ入る。腹の中のシシに届いてしまいそうで、トオルは胸を躍らせる。 「シシ…? お腹のシシを殺してしまう、痛くしないで」 「……トオルは俺のものなのに…!」 「ぁあっ! ぁっ、うーっ…」 トオルは体中が愉悦でいっぱいになるのを感じる。シシは自分に嫉妬しているのだ。腹の中にいるのも自分なのに。自分が死んだあと永遠をトオルと過ごす未来の自分自身に、狂うほど焦がれている。 「深い、ふか…っ、刺さっちゃう……だめ、だめ!」 「くそっ」 この程度では胎の中への影響なんて少ないことをトオル自身が分かっている。今まで何十回も同じ男を産んできた。だからこれは演技なのだ。そしてシシはそれに気付かない。 「シシ……お前なのに…んっ、ぁぁ、お前はいつもそうだ…いつもそうやって……」 「いつもって、いつの、どの俺の話だ! 俺を見ろ!」 顎を押さえられて、後ろから強く引かれる。金色の獅子の瞳が悲しそうに輝いている。 「……ずっとお前を見ているよ」 シシの魂はきっと傷んでいるんだろう。こんな、不死者と獣人の理そのものに嫉妬するようなことは今までなかった。トオルは悲しいとは思わない。むしろ嬉しかった。なんて可愛いんだろう。そっと唇を寄せて息を吸うと、親を呼ぶ獣の咆哮が聞こえる。すこし胎を緩めてやって腸壁で陽根を揉むと、鳴き声は治まった。 「お前を孕むから、突き破らないように、ゆっくりおいで……」 「ぐっ……」 シシはトオルに差し込んだまま立ちあがって、壁にトオルを追いやった。思う様後ろから突きたいのだろう。荒い息が後ろから聞こえてくる。息子でつがいのシシはなんて愛おしいんだと、少し重たい胎を手で抱えてトオルは尻を擦りつける。 「……突くぞ」 「んっ……」 お互いにぴったりくる位置を見つけて、トオルは壁に縋った。その腕を後ろからシシが強く掴む。そして。 「ああああーっ!! あっ、あっ、うっ、っぅうぅっ!!」 ごつん、と深く穿ち、ゆらゆらと小刻みに揺する。獅子の生態に合わせて、獣人と不死者には必要ないのにシシの陽物には傘のような突起がある。それで結腸を刺激されるのがトオルは大好きだった。 「ふっ、ふっ、んっ、ん……!」 最近シシは嫉妬に駆られて、トオルの体を労わるような交わりができなくなってきた。ただ目の前にいる自分のための「トオル」という生き物を所有するために、ただの獣になってしまう。 「ぐぅ…ぐぅ…」 「シシ、かわいい子……俺の子……たからもの……」 歌っても、もう届かない。首の後ろに噛みついて、荒い息を聞かせてくれるだけ。後ろの穴が捲れ上がるほどの出し入れをされて、腰から下が溶け落ちそうだ。不死者には獣の体は熱すぎる。 「あついよ……シシ……あぁっ、ぁぁ……っ!!」 いっそう深く差しこまれて、射精の気配を感じる。足をシシの太い腿にぴったりとつけて、衝撃に耐えた。 「っぐ…!」 「ぁぁあっ……あ……」 狭い胎の中に、シシの素となる種が注がれるのが分かる。どくどくと入ってきたあと、びしゃびしゃと広がって胎を浸していく。脳が受精の快感でいっぱいになる。またこれでシシを孕んでいられる。またこれで胎のシシが大きくなる。射精は長く続いた。 「……トオル、トオル…」 少し落ち着いたのだろう、抜くために声をかけてくる。トオルはシシを堕胎したことはないが、動物の本能として栓を抜くときに一緒に胎のものも抜けてしまわないか不安なのだろう。 「……もうちょっと……このままで……シシ、座りたい……」 「ああ…」 そのままずるずると、壁伝いに二人は腰を下ろす。トオルの体が床に触れないよう、シシは上手に抱きかかえ直した。全身を毛皮で覆うように抱きしめる。 「……シシ、いい子……」 「喋らなくていい、悪かった、ごめんなさい……」 子どもの頃に戻ったように、こうやって事後に謝るのも最近のシシの傾向だ。謝らなくていいのに。自分たち以外にこんなに長いこと一個の「種」を維持しているつがいはいない。こんな風になるのだってきっと自然の摂理なのだ。 そっと手を伸ばして、頬と頬を擦り合わせてやる。シシは嬉しそうに喉を鳴らした。 「…シシはいい子だから、トラを助けてあげられるね?」 「…ああ」 「ウタウはなにも分からないから、俺がいろいろ教えてあげる。シシは我慢できるいい子だね?」 「……ああ」 「いい子」 顎の下に手を入れて、ゆっくり掻いてやる。シシは眠たそうな唸り声を上げた。可愛くて可愛くて、また孕みたくて胎が疼いた。

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