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第6話<トラ×ウタウ>
これが性欲というものなら、知らずにいてよかった。この狂おしいほどの熱をもったまま孤独には暮らせない。
「……とら、とら……」
二人の寝室に運び込まれたウタウは、寝台に降ろされるや否やつがいの獣を押し倒した。小さい体の小さい力に、抵抗せずトラは身を任せてくれる。自分の吐く息が熱い。トラの体も熱い。
「んぅ…やだ、あつい」
馬乗りになったまま長い髪を振り乱して身悶えると、トラが優しく服に手をかけた。そんなの生ぬるい、びりびりに破いてほしい。
「うーっ、やだ! あつい、ぅぅ」
自分の中にこんなにも激しい感情があるなんて知らなかった。惑乱して変な言葉ばかり発してしまう。ただひたすらに、この疼く腹の中にトラを取り込みたくて仕方がない。
「ウタウ、両手を上げて? 服を脱いだらすずしくなるよ」
「はやく…はやく」
慎重に丁寧にトラは服を取り払った。上が終われば次は下だ。先ほどトオルに脱がされたことを思い出してまた恥ずかしくなる。
(トラに見せる前にトオルに見られた…!)
見せるも何も、外見的な身体のつくりは人間の男と変わらないはずだ。特別なものではない。でもなんだか悲しくなって、涙がぽろぽろ零れた。
「いやだ? 泣かないで、ウタウ、泣かないで…」
次から次へ溢れる涙をトラが舌で舐め取る。誤解をときたくて、ウタウは震える指先で自ら下衣をぐっとおろして放り投げた。
「とらの……とらのものにして、もう、泣かない」
布を纏わずに、ただ汗で張りつく髪だけが自分を覆っている。
(ああ、そうか)
全ての感覚が冴えわたるのを感じた。この身ひとつで、獣と渡り合う。それが自分だとウタウは分かった。
「ウタウ、オレをにんしんしてくれる…?」
トラがそっと指を伸ばした。その指に口づける。鋭利な爪を引っ込めた、優しい虎の手だ。
「うん」
ごおぉと、獣の鳴き声が聞こえた。
***
トラは丁寧に薬をウタウの後ろの穴に塗りつけた。油のようで、しかし嫌なべたべたした感じのないものだった。ウタウの肌に触れてもトラの毛皮に触れても不思議に馴染む。
体格差があるので、半身を起したトラが腹の前でウタウを横に抱き、顔じゅうに口づけを降らせながら後ろを探る。
「あぁ、あ、ぁ……とら、あぁ」
生きてきて初めて、自分の陰茎が甘く勃起しているのを理解する。これが性感というもので、それを齎しているのはたった一人の獣だ。100年夢に見ていたことが、現実としてここにある。
「とら、もっと……もっとぉ……」
後ろに入っている指は、おっかなびっくり中を探ってはすぐに怯んで抜けてしまう。壊れてもいいからもっと強い刺激を味わいたい。早くトラのものになりたい。口づけたと思ったら逃げていく舌に噛みつくと、トラが困ったように唸り声を上げた。
「ウタウをこわしたくない、だってこんなに小さいの…かわいい、いい子なんだ……」
「壊れないよ、大丈夫だよ」
見上げるトラの瞳は涙で潤んでいた。食いしばる歯茎から涎が垂れている。そんなに我慢をさせているんだと思うと、こんな弱々しい体に腹が立つ。
「……もっとたくさん、たくさんのことをトラとしたい……俺ずっと、トラのこと妄想してた」
「もうそう?」
ぎゅっと首にしがみついて、ぴこぴこと揺れる虎の耳を食む。柔らかくて、毛むくじゃらで、いい匂いで、温かい耳だ。美味しい。
「俺を……閉じ込められてる俺を、誰か獣が迎えに来てくれて……愛したり、孕ませたり、それで……」
「いやだ! それオレじゃない! ウタウはオレの! オレの!」
「あっ! んぁっ!」
ぐっと腰を強く掴まれて寝台にうつ伏せにされる。獣が服従を促す体勢だと分かり、骨の髄から震えた。
「……とら、いいよ、あのね、俺は大丈夫。とらとなら、だいじょうぶ」
「うぅう、うぅぅうう」
首元に、熱い息。ぽたぽたと滴り落ちるのは唾液だ。
長い髪を鼻でかき分けて、トラががぶりと噛みついた。
「んーっ! ぅ、ぅうんっ!」
痛みと同時に、思考が放り出されるほどの多幸感に見舞われる。これがほしかった、これのために100年待ったのだ、これだけが自分なのだと、気付いたらウタウは涙を流しながら絶頂に達していた。精通もしたことがない身で、なにも受け入れていない胎で達する感覚に呆然としていると、脚の間に熱くて太い楔が擦りつけられる。トラはなにも言わなかった。ウタウもただ黙って尻を高く上げる。壊れてもいい。死ぬことはないのだし、こんなに幸せなら、死んだっていい。
「ああああっ!!」
「ぐーっ、ぐぅぅ」
狭い道を、先が尖った傘みたいな陽根が突き進んでくる。目が回る。気が狂ってしまいそう。
「うぅ、う……おぃしい、おいしい……」
自分の口から、聞いたことのない旋律が漏れてくる。ああ、嘘はつけない身体なんだと分かる。後ろの穴から潜り込んでくる熱い熱い肉の塊を、美味しいと思っている。体全体で味わっている。痙攣が止まらない。
「んんんっ」
「あーっ、ぁぁあーっ!」
全てが収まりきらないのがもどかしいのだろう、トラはウタウの上半身を首根っこから寝台に押し付けて、骨同士の音がするほど強く腰を送りこんでくる。ぐちゃ、にちゃ、ぱちゅ、と恥ずかしい音が後ろから聞こえてくる。それすら甘美だ。
「きもちい……おおき……ぅぅ、重たい……かわいいぃ…」
喘ぎ声が歌になってしまうのは、恥ずかしいようでただ嬉しかった。きっと意味のあることなのだろう。トラはシシの子守唄を羨ましそうに聞いていた。自分もトラの子守唄になれたらいい。
ごつ、ごつ、ぐちゅ、ぐちゅ、と妄りがわしい音がする。それに合わせて、全身をトラの腕が撫でてくる。たまに押さえきれずに爪がにゅっと出て、ちくちくと刺さるのも気持ちがいい。
「さして……」
八つ裂きにしてほしい。そしてまた元に戻して愛してほしい。してほしいことばかりで浅ましい自分が、どこか誇らしかった。こういう生き物だったのだから、こうやって生きていく。
「ぁああっ!」
後ろから回されたトラの爪が、ウタウの乳に触れる。こりこり、かりかりと掻かれるとただでさえ勃起していた乳首が更に硬度を増して敏感になる。それと連動して、腸の中が締まった。より一層強く存在を感じる。
「んん…っ、ウタウ、ウタウ……もっと、もっとしたい……」
「……もっとしよ…?」
がぶがぶ、べろべろと首の回りや肩を重点的に噛まれる。しかし噛み足りないのか、曲がりづらい腕の向きも気にせず後ろに引かれて指を噛まれる。
「ウタウ、うたう、おれのうたう……」
ああ、さっきのお返しをしてくれているんだと、ぎゅっと心が温かくなった。やっぱり、優しい獣だ。
「……やさしい……いい子……トラ……」
腹の中に入っているトラの逸物は、熱くて、太くて、穴の縁が外に出てしまっている感じがする。でも大丈夫だと分かった。
「だいじょうぶだよ、トラ……おれは、とらのうたうだから、大丈夫……」
ふわっと手を離されて、また腰を高く掲げた状態に戻される。ああ、きっと。
「うたう、うたう…!!」
「ぁぁあっ………ああぁぁ!!」
最後の最後まで、ぐちゅ、と入りこむ音がした。そして隙間なく満たされた胎の中に、熱い精が注ぎ込まれる。同時にしっかりと首を噛まれて、ウタウは完全に降伏した。全身の力が抜ける。
「…ぁぁああ、ぁぁああ、あーっ…あーっ…」
「ぅっ、う、ぐ、ぅ」
全身でトラを感じている。どくどくと精を吐き出し続ける陽根も、腰をしっかり寝台と挟んで押さえて揺るぎない大樹のような下半身も、優しい爪を持った指も、噛みついてくる牙も、ぴこぴこ動く耳も、うつ伏せで見えなくても感じる。分かる。
胎の中がとても熱い。ぐるぐると渦を巻いて、沸騰しているような感覚だ。これが孕んだということなのだろうか?
「うたう、うたうも気持ち良くなろうね……」
「ふぇ、へ、ぇ?」
まだトラの射精は終わらない。胎の中で自分が絶頂に浸っているのも感じる。これ以上どうやって気持ちよくなるのかと後ろを振り返ると、ちゅっと口と口が重なった。動物の長い舌が上顎を擦り、くすぐったさと同時に官能が溢れた。さらにトラはわざと爪を出して、ちょんちょん、と勃起したウタウの陰茎をつついた。
「んんぅぅぅ!!」
慣れない感覚に、ウタウは震えて暴れたくなる。しかし一番肝要な部分を支配されているため、指先しか動かせない。
「んっ、んっ……んんっ……」
とろり、とろりとトラの唾液が流れ込んでくる。美味しい、温かい、かわいい、愛しい……全身で味わいたくなり、多少無理をしてでも体を回転させると、最初に塗った薬のせいか円滑に体を正面に向けることができた。トラの介助も大きい。
向かい合ったトラとウタウは、ぺろぺろと舌を絡ませ合う。ゆるい勃起が収まらないウタウの小さな陰茎を撫でさすったトラは、満足そうに射精の仕上げをする。傘になった部分で、ウタウの腸壁をゆっくり刺激するのだ。ここにいるのはトラだと認識させるために。
「ぁぁ……ああ、きもちいい、かわいい……」
「いいこ……いいこ……」
不死者の習性なのか、個体の性質なのか、ウタウは射精しなかった。
「もういっかい……とら、もういっかい……」
「うん、何回もしようね」
ウタウが気を失うまで、朝も夜もなく交わりは続いた。
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