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第7話<トラ×ウタウ>

「もう三日になるが、まだ出てこないな」 鼻をひくひくと動かしながらシシが腕の中のトオルに呼びかける。トオルは腹側に回ってきたシシの尾を撫でて、先端の毛束を口に入れる。 「……トオル、くすぐったい」 「ふふ、お前は俺に嫉妬するのにトラとウタウの心配もする」 「……監督する責任があるからな」 「いい子だものね、シシは王様、俺の大事な子……」 毛束をきゅっとしゃぶると、背中でシシの腹筋が震えるのを感じる。シシは尻尾をいじられるのが好きなのだ。 「大丈夫だよ、お前だって最初は俺を離してくれなくて、七日くらい水も飲ませてもらえなかった」 「おぼえてない」 「嘘つき……」 トオルは尻尾を筆のように持つと、自らの腹や胸になまめかしく擦りつける。服の上からでもトオルの発情がシシには伝わっただろう。ぶん、尾をと振り払うとトオルが鼻を鳴らす。 「シシ、俺たちもしよう?」 「この前したのがまだ定着していないだろう」 理性的な言葉に、トオルは歯噛みする。シシはこうやってたまに嫉妬を忘れて獣人の王として振る舞う。嘘や強がりではなく単純に悋気を一瞬感じなくなってしまうのだ。そのときは発情しないし、性交もしない。トオルとしてはいつだって胎の中に次のシシといまのシシの男根を入れておきたくて仕方がないので、そうなってしまうとあの手この手で誘惑するしかない。 「シシ、だっこして」 「ああ」 向き合って首にしがみつくと、腰を支えて持ち上げてくれる。応接室は二人だけだと広過ぎた。たてがみに顔をうずめて胸いっぱいにシシの匂いを吸いこむ。優しく腰を撫でてくる温かいシシの掌を感じる。ぐりぐり、と頭を擦りつけると軽く首を甘噛みされる。お返しに頬の肉に噛みつくとシシは少しだけ笑った。こういう児戯のような触れ合いをしていると、200年前のことを思い出す。 「お前が生まれたのは、月のない雨の夜で……」 「ああ……」 俺は暗い闇の中でお前を腹から出した、そうしたらお前は―― 広い部屋の中でトオルの歌が静かに響く。シシは目を瞑って、自分の親でつがいの声に浸っていた。トオルの歌は魔性だ。シシはだんだんと自分の体が熱くなり、唾液が零れてくるのを感じた。いつも、最終的にシシはトオルに逆らえない。 「シシ、しよう……俺を幸せにして」 「ああ…」 シシはトオルを抱き上げて、二人だけの寝室に向かって歩き出した。トラが泣きついてきても、しばらく相手をしてやれないなとそれだけが気がかりだった。 *** 何度か気絶して、同じ数だけ目を覚ました。体のどこかに必ずトラが触れていて、少しでも離れると赤子のように泣きだしたくなる。トラがそばにいてくれないと自分を保てないと感じるほどウタウはトラに溺れていた。 「……とら、とらぁ」 「ウタウ、だめだよ」 「やぁ、や……もういっかい……」 穴から杭を抜こうとするので、必死に足を絡めて抵抗する。まだ胎の中で味わっていたい。一つの塊になっていたい。 「だめ、ちゃんとお水飲んでから……ね? おねがい、お水飲んで」 トラはトオルに聞かされたとおり、きちんと給水の時間を設けていた。最初は指先一つ動かせないウタウに口移しで飲ませていたが、いまはもう意識もはっきりしていて自分の手で飲めるのに、甘えん坊になってしまったウタウはしがみついて離れない。 「取りに行くとき、俺から抜けちゃう……やだ」 「うーん、でもそうしないと、お水がこぼれちゃう」 水差しは寝台から離れた机の上に置いてある。割れ物なのでウタウの体に傷がついたら大事だ。 「……俺も一緒に連れてって?」 きゅっきゅと胎でトラを締めながら、ウタウは長い髪をかき上げる。差し込んだまま歩けと、抱きかかえろと命令する。 「うう、がんばる…」 トラはウタウに逆らえない。可愛くて小さい自分のつがいの言うことはなんでも聞いてあげたい。それに― 「ありがとう、トラ、いい子」 ウタウの声には不思議な響きがあって、腕力などではどうしようもない、服従させられるなにかがあった。落としてしまわないようにしっかりと背中と腰を押さえて、足を巻きつけさせた。 「よいしょ」 「ぁあ…あっ……!」 深く感じ入った甘い声が響く。トラが上から押し込んでいただけでは届かない場所へ刺さったのだろう。ウタウは息も絶え絶えに喘いだ。 「歩くから、ぎゅっとしててね」 「ん…ん……」 甘えた声が耳の近くで聞こえる。トラは嬉しくてつい足を大きく踏み出してしまい、甲高い声が上がった。無事に机まで辿りつくと、ウタウは自分を机の上におろせと言う。 「だめ、机の上にのったらウタウが怒られちゃう」 「……いま、ここにいるのは俺たちだけ」 「うん?」 「トラがいいって言ってくれたら俺は怒られない」 「じゃあいい!」 そして机の上にウタウの背中を降ろすと、予想通りそのまま行為にもつれ込んだ。水差しを倒さないために遠くで愛情を交わしていたのに、そのウタウの願いで机をガタガタと鳴らしている。 「あっ、あっ、ぁぁっ、きもちいぃ……きもちい、とら、しあわせ」 「幸せ? オレもしあわせ」 ごつ、ごつ、と腰の骨がひずむほどトラは強く腰を送る。最初に抱いたときとは腰回りの感触が変わってきた。開かれすぎて骨盤が離れて広がってきている気がする。ウタウもそれが分かるのか、なんだか足が開きやすくなったと笑った。 「これ、終わったら、お水飲んでね?」 「ん……じゃぁ、終わらせないで」 「だめ」 「あぁ…んぅ……いじわる……」 狭い胎の道を肉茎で突き進むと途中でしこりがあり、そこをぐいぐい押すとウタウは鳴き声をあげて喜ぶ。トラはウタウの気持ちがいい場所を少しずつ覚えた。耳も舐めるといい匂いがぶわっと広がる。乳首を吸うと胎の中もきゅっと締まる。 「ウタウ、かわいい……オレのウタウ……」 名前を呼ぶと、ウタウは嬉しそうに笑う。この家に来てから毎日、欠かすことなく自分でしていた化粧がいまはもう涙と唾液で消えてしまった。トラは化粧をしているウタウも可愛いと思うけれど、生まれたままのウタウの表情も好ましいと思った。 「お化粧、しないでってお願いしたい……」 「ん……? ん、いいよ……トラになら、なんでも」 うっとりと微笑む姿が、見たことのない母親のようでトラはなんだか寂しくなった。胸の奥をぎゅっと掴まれたようなそんな気持ちだ。 「どうしたの……? トラ?」 律動を止めてぎゅっと抱きしめると、ウタウが心配そうな声を上げる。 「……あのね、オレ、お父さんとお母さんがいるって言ったけど」 「うん」 「見たことないの。いるって言われてるだけなの」 「……そう…」 ゆっくりと、肩から腰をウタウの冷たい手が撫でる。 「オレ……足りないから……」 「足りない? なにが?」 「……うう」 それ以上言葉を紡げなくなって、トラはただウタウを抱きしめることしかできない。ウタウがぽんぽん、と体を叩きながら歌い始める。 「……トラはいい子、優しい子……可愛くて、大事な子……」 ウタウの声は優しくて、逃れられない魅力を持っている。トラは応えるように吠えた。すぐに胎の中に声が響いて、ウタウは喘ぎながら腰を振った。口づけを交わして、唾液を飲ませながらトラはウタウの体に没頭する。 「ぁぁ、ああぁ、きもちい……トラ、来て……」 「うん、うん」 ぶしゃ、ぶしゅ、と胎に種が注がれる音が聞こえてくるようだった。 結局、ウタウに水を飲ませることはできなかった。 *** ウタウは食事をしなくても生きていけるが、トラはそうはいかない。二人で籠って五日目の朝に、どうしようもないくらいお腹が鳴ってしまった。寝台の中で布にくるまれていた二人は同時に笑ってしまった。 「すごい音したね」 「ね! お腹すいた!」 「俺はお腹いっぱい……胸もいっぱい」 朝も夜もなく愛されて、満たされて、ウタウは頭がはっきり冴えていくのを感じた。いままでずっと眠っていたのが、気持ちのいい覚醒を迎えたような気分だ。 「宿ったかな?」 ウタウの下腹部が膨らんで見えるのは、大量に注がれたトラの精液であって妊娠ではないだろうことは二人とも分かっていた。どういう体の仕組みになっているのか分からないが、出したら出した分腹は膨れる。出てくることはない。 「どうだろう……そもそも定義がよく分からないから……」 「ふふ、でも、だいじょうぶ」 「うん、大丈夫」 頬を擦り合わせて、鼻と鼻をくっつけた。服を整えてもらって、いつものようにトラに抱きかかえられてウタウは扉の外に出た。食堂にはトラとシシが食べるための肉や野菜が置いてあり、基本的に調理を必要としない獣人は素材をそのまま口にする。 「おぎょうぎ悪いけど、ウタウを抱っこしたまま食べてもいい?」 「うん、いいよ」 シシがいたら怒られそうだが、いまのところ出てくる気配はない。椅子に座ったトラの上に乗って、ウタウは目を閉じてトラの鼓動を聞いていた。 「…おいしい?」 「うん! おなかすいてたー!」 「よかった」 トラが笑って、口から肉片が零れる。肉に齧りついてしゃぶる姿がまぶしい。どうも自分はなにかを食べているトラの姿に欲情するようにできているようだ。さっきまでずっと同じ寝台でもつれあっていたのに、寸暇も待てずまたトラが欲しくなる。けれど― 「……トラ」 「ん? お水持ってこようか?」 「……ううん、大丈夫」 トラは、ウタウの発情にものすごく鈍感だと気付いた。そしておそらくそれと関連するトラの幼稚な反応も、同様に理由があるのだろう。 「…食べ終わったら、シシとトオルに会えるといいね。心配してくれたから」 「うん!」 ふがふが、と肉と野菜を貪りながらトラは笑った。ウタウも笑った。 しばらくそうしていると、足音が近づいてきてゆっくりと扉が開いた。そこにいたのは同じようにトオルを抱えたシシだった。 「あっ! シシあのね」 「うるさい」 トオルは眠っているようで、シシは静かに苛立っていた。威圧する気配に飲まれてトラもウタウも沈黙してしまう。シシは冷蔵室から肉を取り出すと立ったまま骨ごとバリバリと飲み込んだ。肉片と一緒に骨を砕く生々しい音が響いて、ウタウは身を竦めてしまう。トラがぎゅっと撫でて、ゆったりとした呼吸を伝えてくる。 自分の食事を終えたシシは、次に冷たい水を口に含んでトオルを揺さぶった。意識が戻ったトオルに深く口づけると、苦しそうにトオルは水を飲んだ。数度かそれを繰り返して、シシとトオルは食堂を出ていった。 扉の閉まる音がして、足音が聞こえなくなってからウタウは体の緊張を解く。 「……トオル、大丈夫かな」 「うん……シシはたまにああいう感じだから、きっとだいじょうぶ」 「そう…?」 トラはゆっくりと体を揺らした。 「シシとトオルは長い付き合いで、たくさんいろんなことがあって……それで、いまのシシはとっても悲しくなってしまうんだって」 「何が悲しいの?」 「トオルとお別れするのが悲しいんだよってトオルは言ってた。自分はトオルとお別れしなきゃいけないのに、次のシシがもうトオルのお腹にはいる、ずるいって」 確かに、ずるいといえばずるい、のだろうか? それが獣人と不死者の摂理だと言ってしまえばそれだけという気もしてしまう。 「今度、ちゃんとお話しようね」 すり、と頬を寄せられて、ウタウは同じように返す。とにかく今は、自分を大事にしてくれるつがいのことを一番に考えたいと思った。

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