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第9話<シシ×トオル>
「……不死者なのに普通の人間みたい。せっかく好きな男と永遠を生きられるのに」
風の祭りの準備のために、シシとトラは城を三日ほど離れることになった。トオルは寝台の上でぐったりとしていた。シシの執心が手に取るように分かる。服で隠れない場所も噛み痕だらけで、出血しているところもある。
「……うん」
ウタウは歩くのが苦手なため、トラは城を離れる前にトオルの隣の部屋にウタウを移してくれた。寂しくなったらちょっとだけ歩けばトオルと話せる。寝台の上に乗るのはさすがに憚られるため、近くの丸い椅子に足を上げてちょこんと座っている。トオルは目線だけ向けて笑った。
「まあでも、俺たちは永遠だから……いずれそのときは来るよ。それまで新婚さん気分でいるのは悪いことじゃないのかもね」
「……うん」
普通の人間みたい、という言葉が掠り傷のように滲みる。自分が鬼の子だから不死者としての役割をちゃんと果たせない。人間に育てられたから人間みたいな心を持っている。
「でも、トラが、それでいいって言ってくれたから……」
その思いだけを信じて生きていきたい。
「そうだね、トラがそれでいいならウタウもそれでいい。ふたりで決めたことが大事だよ」
くわ、と欠伸をしてウタウは布に潜り込んだ。静かな歌声が聞こえる。
「……月のない夜に、俺はお前を生んだ……雨の子、獣の王……」
ウタウは目を閉じて、自分のためではない子守唄に耳を澄ます。それは4000年のシシとトオルの物語だ。
(羨ましい……)
自分もトラと歌を紡ぎたい。出会って、結ばれて、二人だけの思い出をたくさん作りたい。「好き」ばかりが出てくる歌を作りたい。
(トラ、会いたいよ)
ウタウはぎゅっと冷たい体を抱きしめた。優しいトラの声と、温かい毛皮に包まれていたい。全身でトラを愛して、二人でずっと塊になっていたい。獣人の体を撫でる櫛で、きれいに毛づくろいをしてあげたい。きれいな縞模様を手のひらでぐちゃぐちゃに乱したい。
「……ウタウ、こっちくる?」
「え……」
トオルがぽんぽん、と寝台を叩く。
「寂しそう。シシもいないしいいよ。おいで」
「うん、ありがとう……」
よろけながらウタウの隣に辿りつく。獣人を宿した不死者はとろんとした目つきで囁きかけた。
「あのね、ウタウはなにも気に病まなくていいからね」
「え…?」
ふふふ、と笑ってトオルは眠ってしまった。トオルはシシのものだから抱きつけないけれど、隣に呼吸をする他者がいてくれることは少しだけ慰めになった。
***
うたた寝をしていたら、扉が開く音がした。シシが帰ってきたんだと認識する前に、ウタウは強く全身を床に打ち付けていた。
「シシ!!」
トオルの声が聞こえて、獣の唸り声がそれをかき消す。
「シシ、おかえり、ねえウタウを起こしてあげて……! 痛い、いや、痛い」
たぶんシシが帰ってきて、隣で寝ている自分を引きはがして投げ飛ばしたのだ。トラの気配はないからシシだけ帰ってきたのだろう。
「あっ、ぁあ!!」
なんとか両手で床に手をついて、近くの椅子に縋って立ち上がる。
「……シシ、シシ…」
振り返った寝台の上には、獣に犯されて笑うトオルがいた。
「くさい、トラと鬼の子の匂いでいっぱいだ、嫌だ、トオルは俺のものだ……!」
服は無惨に破かれ、丸みを帯びて光る胎が見えている。首筋からは血が流れて、押し付けられた足が反対側に曲がりかけている。斜めから刺しこまれた男根に貫かれて血が敷き布を汚している。
「ふふ、ふふ……ふふ」
長い舌で顔じゅうに唾液をかけられて、トオルは幸せそうにそれを受け入れる。耳や鼻にシシの鋭利な歯が触れる度に噛み痕がつく。
(ここにいちゃだめだ)
ウタウは床を這いずって、必死に扉を目指した。
「ぁぁ、あっ、ああ、ふふ、シシ、かわいい子……俺だけの子、あぁ……」
トオルの喘ぎ声とシシの咆哮が反響する。隣の部屋にはいられないと、トラと暮らす離れた寝室に辿りつく頃には、両手が擦りむけて膝から血が出ていた。
「トラ、トラ、帰ってきて……トラ、お願い」
トラの部屋着を引っ張り出して、ぎゅうぎゅう抱きしめて耳を塞ぐ。それでも足りなくて鏡台に縋りつく。トラの毛皮をとかす櫛にはトラの毛が付いていて、櫛の匂いを嗅ぐと濃厚なトラの匂いがした。
「トラ、トラ……」
シシの嫉妬心や執着心をトラとウタウは今まで傍観していた。少し怖いと思うことはあっても自分たちには実害がなかったし、シシは獣人を統べる者でトラの仲間だから、そこまでの危機感は持ち合わせていなかった。その大きすぎる執念を許容するトオルのことも、ウタウにはどうしようもなかったのが現実だ。しかし今日は確実に、自分はその材料にされた。二人の愛を確かめるために使われた。
(いつか、トラも俺もああなってしまうの?)
トラの枕にしがみついて、トラの服を着て、櫛にかじりついてウタウは悶えた。
***
血液が失われて来たのが分かる。そろそろシシを大人しくさせないと堕胎してしまうなとトオルは分かった。シシはひたすらに腰を強く押し付け、胎の中を熱い楔で荒らしている。もうどの器官に次の個体が宿っていて、どの部分がトオルの性感帯かなんて意識していないのだろう。とにかく自分がトオルの中に精を撒き散らすことしか頭にない。
「……シシ、お話しよう」
ウウ、グウ、と不機嫌な獣の声が聞こえる。曲がりかけた腕や足は元に戻ってきた。向かい合っているシシのたてがみをゆっくり撫でてやる。
「……俺とお前は特別、そういうお話だよ」
律動が弱いものになった。胎の奥をコツコツと弱く叩かれながら、トオルは囁く。
「ウタウはトラとつがったけど獣を宿していない……何度も何度も契っているのに、まだ不死者の役割を受け入れられないんだよ」
「……それが、どうした」
「シシ、俺はずっとシシを宿している。俺とシシの絆は誰にもほどけないよ」
ちゅ、と首を伸ばして頬に口づける。
「焼きもちを焼くことなんてないよ。鬼の子は珍しいけどそれだけ」
「鬼の子だけなら、こんなに苛立ちはしない、あいつはトラの匂いがべったりなんだ、それが……それがトオルの隣で寝ていた!! くそ!!」
「ぁあっ! 痛い、いたい……聞いて、ねぇ」
トオルは歌う。
「俺は暗い闇の中でお前を腹から出した…そうしたらお前は、俺の股から出た血をたくさん飲んで、泣いて、俺の名前を吠えたんだ」
「トオル!」
「そう、トオルって。まだ言葉も話せない赤ん坊なのに」
お前は特別な子、いい子、お前だけが俺の子で、俺の男だと、トオルは歌を聴かせ続けた。
嵐のような交情が少しずつ治まってくる。シシはゆっくりとトオルの胎から自身を引きぬいた。傷をつけてしまった体中を舐めて、唾液で治療しようとする。
「……シシ、俺は大丈夫だから、一緒に寝よう」
背中を撫でてやって布をかけてやると、獣は鼻先を頬にぐいぐいと押し付けてきた。
「トオル、俺はもう……」
「大丈夫、ずっと一緒だから」
トオルはシシの体をぽんぽんと撫でた。遠い昔の胎動を思い出せるように。
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