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第10話<トラ×ウタウ>
「ウタウ、お水もってきたよ」
「……うん」
「飲める?」
「飲ませて」
「はい!」
冷たい水も、トラが口に含むとぬるくなってしまう。それでも口づけられて水分を分け与えられることはウタウにとって幸福な時間だった。ゆっくりと舌を伝って水が流れ込んでくる。トラの胸元に縋りついて、乳を吸うように舌をしゃぶった。
「布をとりかえようね。お薬も塗ってあげる」
「うん……ありがとう、トラ、すき」
「オレも好き」
ちゅ、とトラが頬に口づけた。たかが三日離れていただけなのに、100年ひとりぼっちだったことよりずっと寂しく感じた。
「気分はどう? お散歩する?」
「……まだここにいたい」
トラが帰って来たとき、ウタウは感情の抑えがきかなくなって泣き喚いてしまった。トラにしてみれば務めを終えて戻ってきたら愛するつがいが自分の服を身につけて泣きながら抱きついてきて、しかも両手両足に怪我をしていて、全く状況が把握できなかった。泣きやむまで撫でて口づけをしてたまに水を飲ませて、求められるままに情を交わして、落ち着かせることに必死だった。ウタウの体から少しだけシシの匂いがしたので、もしかして噛みつかれでもしたのかと心配もしたが、シシはトオルしか見えていないので考え直した。
半日くらいでウタウは泣きやんで、不在の間にあったことを教えてくれた。
「……ごめんね」
シシは強い雄だ。群れの長で獣人の王である。その不死者のトオルも同じく強い存在だ。トラにシシは責められない。ウタウにもそれが分かるから、二人はしばらく部屋に籠っていた。人間の体に使える薬を調べたトラが甲斐甲斐しく手当てをしてくれる。
「よくなってきたね」
「うん、もう痛くない」
トラはウタウの肌を優しく撫でる。
「ふふ、すべすべで、さらさら。毛が生えてないってふしぎ」
「くすぐったいよ」
笑いながら、ウタウは一枚ずつ服を脱ぐ。生身の体をトラに見てほしいと思った。トラが褒めてくれるから自慢になった長い髪を耳にかけて、寝台の上にころんと寝転がる。
「トラ、しよう……」
「うん!」
無毛の肉体に、獣がゆっくりと覆いかぶさる。肌が擦れ合ってぴりぴりと刺激が伝わってくる気がする。手を伸ばすと、まだトラは勃起していなかった。
「……あのね、えっと……」
「ん?」
「あの、口でしてもいい……?」
「……うん!」
知識があったのか、いまそれを把握したのか、トラの体はぼっと熱くなった。嬉しくてウタウは体の下に潜り込む。毛に覆われた秘所から陽物を探り当てると、よし、と心を決めて口づける。
「ん……」
「ウタウ、口が切れちゃうかもしれないから、あんまり無理しないでね」
猛っていない状態でかなりの大きさがある。全てを口に含むのは無理だろう。大好きなトラの獣の匂いが豊かに香ってきて、全部取りこんでしまいたくなる。
「ぐっ、んっ……!」
「ウタウ、ゆっくり、ゆっくり……」
先端だけ頬張ると、上顎にざらざらした感触が擦りつけられる。しょっぱくて少し苦い。そしてとても硬い。
「んぅ……」
口の中いっぱいに受け入れるだけで、顎が外れそうだ。締めあげたり吸ったりすることができず、ただウタウは舌の上でトラを感じることしかできない。こんなことではトラが気持ちよくなれない、と悔しさに涙ぐむと、頭をぽんぽんと撫でられた。
「ウタウの口の中、冷たくてきもちいい……こんなに気持ちいいの知らなかった」
「ふっ、ふぅう……」
トラと一緒にいると、冷たい体や無知な頭でも、なにか意味のあるもののように思えてしまう。役割を果たせない自分でもそれが許されてしまう。膨張したトラの陽根が、ぼろりと口からこぼれ落ちる。
「……っごめんね、トラ、ごめんね」
「気持ちよかった!」
ぎゅっと抱きしめられて、頭をぐりぐり擦り付けられる。
「違う、ごめんね、トラ、こんなのがトラの永遠で、ごめんね」
「どうしたの…?」
「好きにしていいからね、お腹がすいたら、食べちゃってもいいからね」
ぼとぼとと、涙が零れる。情緒が不安定なのはなにかの前触れなのだろうか? まだシシとトオルの絡み合う姿から意識が離れられない。
「ウタウ、入れてたら安心する?」
「……うん、入れて」
骨盤と同じように、ウタウの後ろの穴は常に緩く開いている。薬を使わなくても唾液で濡らせば馴染むようになってきた。トラがゆっくりと指を入れて、そのままぐさりと陽根を刺しこむ。
「ぁぁ……あ、すき、おっきい……」
「ウタウ、大好きだよ。食べないよ。ずっとここにいてね」
向き合う形で抱き直され、トラが寝台の上に上体を起こす。裸の背を布で包んで、ぎゅっと抱きしめる。
「お話、聞かせて。ウタウが思っていること」
胎の中から、体の外から優しさに包まれて、ウタウは泣きながら吐露した。
「……永遠ってそんなにいいものなの? そんなに大事なもの?」
「…うん?」
「俺は、いまがあればいい……いま、ここにトラがいてくれればそれでいい」
トラと巡りあってからずっと考えていたことがだんだん言葉になっていく。
「俺は、ずっと一人で閉じ込められていて、それが永遠だって思ってた……そんなものいらない」
「うん、ウタウはここにいるんだよ」
少し、トラとウタウには感情や理論の齟齬がある。
「トラを孕み続けたとして、トラっていう個体をずっと俺が生んで続けていったとして…それは俺が社にずっと閉じ込められてたのと変わらないよ」
「うん……そうなのかな」
「俺っていうできそこないに、ずっとトラの魂を縛って閉じ込めることと変わらない」
「ウタウはできそこないなんかじゃないよ」
かぷ、と耳を噛まれる。
「俺は、トラの望みを叶えてあげられない……不死者のできそこないの鬼の子だから、俺がだめだから」
これを告げたら、失望されてしまうかもしれない。けれどずっと裏切り続けたり期待させ続けたりするよりは誠実だと思った。トラはウタウの髪を爪で払って、瞳を覗きこんだ。
「ウタウはオレを妊娠したくないの?」
「……うん、ごめんね」
「じゃあいいよ! ウタウが嫌なら宿らないんだもんね?」
「…いいの?」
あまりにも明朗な答えに、ウタウは戸惑う。
「あのね、オレはオレを宿してくれる人がいたらいいって思っていたけど、それよりもっとウタウを知りたい。ウタウのそばにいたい」
ちゅ、と何度も口づけられる。
「オレを宿さなくてもウタウが好き」
そして、小さく小さく、告げられた。
「あのね、オレは魂が傷んでるできそこないなんだ、でも一緒にいたい。だからウタウと同じ」
すとんと、腑に落ちるものがあった。年齢を考えても、シシとトオルの態度を見ても、なんとなくもしかしたらそうなのかもしれないと感じていた。反応や言語が幼いのも、発情に鈍感なのも、理由があった。
「オレは、魂が足りないんだ。だから、ちゃんとした生き物になれない……黙っててごめんね」
「ううん、ううん……、ありがとう、トラが好き、トラだけが好き」
欠けたものが傷を舐めあっていると思われたって構わない。そんなことどうだっていい。いまここにいる温かさと言葉だけが確かだ。
「先のことを考えるのは、得意じゃないんだけど……ウタウのことは、ずっとオレが幸せにするからね」
「うん、俺もトラを幸せにするね」
二人は誓いの口づけを交わした。ごうっと風が起こって、部屋の中の家具を倒した。
「うわ! ごめん……おさえられなくて」
「最初に会ったときみたい」
ウタウは笑った。久しぶりの笑顔を見て、トラも笑った。
「俺にも手伝えることがあったら言ってね、祭りのこととか、他にも…できることはしたい」
「うん、ありがとう」
ごろごろと喉が鳴った。ぐい、と胎の中の逸物が押し上げられる。
「あっ、んっ……」
「動いていい…?」
「うん、うん、たくさんしよう……」
胎の奥底から満たされて、ウタウは初めて『満腹』という心地を知った。
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