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第11話

ウタウがトラと巡りあってから季節を何回か越えて、風の祭りの当日がやってきた。 獣人としての成熟が完全ではないトラのために、何度か開催が延期されていたことをウタウは最近になって知った。儀式の順番を覚えられないことや、気が散ってしまうこと、力を暴走させてしまうことなどが懸念されていた。 「かっこいい……どうしよう、かっこいい…」 「えへ、へへ、嬉しい!」 ウタウが手助けするようになってからトラはひとつずつ問題を解決できるようになり、シシの力も借りてにはなるが祭りを敢行してもいいだろうという判断が下った。 祭りの正装のため、トラは今まで見たことのないとりどりの色を使った衣を纏い、冠を載せていた。普段だって雄々しくてかっこよくて一番大好きな獣だが、まるで貴人といった佇まいにウタウは惚れ直してしまう。 「……見たことない人みたい……すき……」 「抱っこしたくなっちゃうからー! だめ!」 衣装の着付けも自分で出来るように練習をしたのだ。ウタウも祭りの場所の近くまで行くので、いつもよりしっかりした服を着ている。 「大丈夫だからね、トラ」 「うん! ウタウも大丈夫だよ。あ! あのね」 トラがごそごそと衣装入れから箱を取り出す。 「今日は抱っこできないから、これあげる!」 「なに……?」 両手で持てるくらいの箱を開けてみる。 「…わあ…!」 入っていたのは木靴だった。 「くれるの?」 「うん! 足、ちょっとでも痛くないように!」 ころんとした丸い形の木靴には、虎の体にある縞模様と、ウタウの髪のような茶色い線の模様が組み合わせて絵描いてあった。 「もしかして作ったの?」 「うん! 内緒にするのたいへんだった!」 「ありがとう…、ありがとう、トラ」 ぎゅっと靴を抱きしめる。はいてみてとせがむので、ゆっくり足を入れた。 「ぴったりだよ、ありがとう」 地面に足をつけるのはまだ痛いけれど、トラが守ってくれると思えばそれもましになる。安心が爪先から伝わってくるようだ。トラの指先に口づけた。 「足の大きさなんていつ測ったの?」 「寝てるとき! ウタウの足、とっても小さかったからびっくりした」 「ふふ…ありがとう」 木靴を履いて、トラと手を繋いで部屋を出る。応接室には同じように正装したシシとトオルがいた。 「トラ、なかなかじゃない」 「俺が見立てたんだ」 「シシはいい子だね」 トオルの胎は、最初に会ったときより少しずつ大きくなってきている。祭りの場所までは山を登るから、トオルはウタウと一緒に途中の小屋で終わるのを待つことになっていた。 「じゃあ、行くぞ」 「うん!」 それぞれを連れ添って、獣人と不死者は歩き始めた。 *** ウタウはなんとなく「祭り」というので人間がたくさん来るかと想像していたが、実際のところは「式典」や「祭祀」の意味合いが強く、参加するのは人間の代表が三人とトラとシシだけだった。人間はみな高齢の男性だ。途中の小屋に待機していて、ウタウたちに恭しく挨拶をして打ち合わせを始める。 人間を見るのが久しぶりで、ウタウは世話人のことを思い出す。100年で思い出せないくらいたくさんの人が世話をしてくれた。今は生きていないものもいるだろう。今ここにいる彼らももう二度と会うことはないかもしれない。 「では、日が暮れたら登り始めましょう」 「分かった」 祭りは山の頂上にある祠で行われる。人間は夜目が効かないのでシシとトラが彼らを導きながら登り、日の出とともに儀式を行うのだ。豊穣を呼び、疫病の蔓延を遠ざけるための祭り。 「トラ、大丈夫だからね。ここで待ってるから」 「うん!」 少し緊張気味のトラは落ち着かないように尻尾で床を叩いている。ふわっと握って、口づけてやる。 「くすぐったいよ~」 「ふふ、困ったら、俺のこと思い出してね」 広くはない小屋の中で、それぞれが塊になって囁き合っている。非日常の空間の中で、自分が人間やトオルやシシに対して引け目を感じていないことにウタウは驚いていた。 「トラがいるから、胸を張れる」 「うん?」 「俺はトラのもの、トラも俺のもの。こんなに素敵な俺のトラ! って思える。ありがとう」 「うん! ウタウも来てくれて、そばにいてくれて、ありがとう」 ぎゅっと手を握って、二人は目を閉じた。 やがて日が暮れて、人間とシシとトラは小屋を後にする。 「心配?」 「ううん、大丈夫」 トオルはシシが普段纏っている布を敷いて、その上に横になる。少し距離を取ってウタウは座りなおした。 「……あのね、ウタウには話しておくよ」 「なに?」 胎を撫でて、トオルは静かに秘密を告げた。 「たぶんシシは、もうおしまいだと思う」 「…え…?」 「ちゃんと意識を保っていられる時間がどんどん短くなっているのと、記憶があんまり持たなくなってきた。俺が歌っても耳に入らないときがある。もう、ごまかせないところまで来たかな。いまのシシがそうなら、この胎の中のシシも同じかそれ以上の傷がついてる」 トオルは微笑んでいた。 「どうなるの……」 「俺は死者の国に文を送ったよ。もうすぐ使いが来るから、そこにシシを連れていく」 トオルは獣人と不死者の最期について語った。 獣人の魂が傷んで、個体としての種を保てなくなったとき。不死者と共に不死の国へ赴き、魂についた傷が治るまで永い眠りに着く。いつ目覚めるかは分からない。 「……トオルは?」 「俺も一緒にシシと眠るよ。シシが治るまでずっと一緒にいる」 「治らなかったら?」 「俺の目も覚めない。ただずっと眠り続ける」 うっとりと、トオルは布に着いたシシの匂いを吸いこんだ。 「俺とシシは永遠だから、終わらないんだよ」 「トオル……」 「ウタウ、トラのこと頼むね」 「……トオル」 名前をくれた人。たった一人、この世に自分と同じ生き物である人、大事なことを教えてくれる人。 「いやだ、お別れしたくない」 「俺はシシのものだから、ウタウとトラのことは好きだけど、二の次三の次。わかるでしょ」 「うう…うう……」 「それに、すぐじゃない、もう少し猶予はある」 獣人と不死者の永遠は、その個体同士にだけ適応される約束だということにウタウは気付かなかった。彼らの行く道は、ウタウの行く道とは違う。 びゅう、と風の音がして小屋全体を揺らす。 「さあ、トラが頑張っているから。トラのことだけ考えてあげなさい」 「……うん、うん」 ぎゅっと手を組んで、ウタウはトラを思った。祭りが成功しますように、成功してすぐに帰ってきて、ぎゅっと抱き締めさせてくれますように。

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