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第12話<トラ×ウタウ>

風の祭りは恙無く終了したようだった。シシと一緒に戻ってきたトラは笑顔で、一晩中吹き荒れていた嵐も収束していた。人間が儀式の終了を告げて去っていく。ウタウは緊張の糸がぷつりと切れて、小屋のなかに座り込んだ。 「はー……緊張した」 「どうして?」 「……人間に会うの久しぶりで、なにか言われるんじゃないかって勝手に心配してた」 ぐいぐいとトオルに顔を擦りつけて匂い付けをしていたシシが苦笑する。 「言わせておけ、どうせすぐに死ぬ生き物だ」 「大丈夫だよ、オレがずっとウタウのそばにいて守るから」 「祭りが終わればしばらく関わることもないよ、彼らが里に戻るまではちょっとここにいることになるけど」 「すぐに帰れないの?」 たしかに終わった後のことは聞いていなかった。トラが甘噛みをしながら教えてくれる。 「オレたちの住んでるところは秘密なんだ」 「人間は鬼だから……住処を知られていいことなんてなにもないよ。シシもトラも頑張ったね」 褒められた獣は、嬉しそうに喉を鳴らす。人間と彼らになにがあったのかウタウは知らない。自分は閉じ込められていたけれど命の保証はされていたし酷い目に遭ったとも思わない。ただ鬼と言うくらいならば遠ざけておくべき種類なのだろう。また少しだけ胸が痛んだ。自分はずっとそこにいて、自分の親とされるものはきっと人間だ。自分は人間の男と女から産まれてきた、おそらくそれは揺るぎない真実だ。 「ん……? ウタウ、だいじょうぶだよ」 ぎゅっとトラにしがみつくと、何も分からないだろうにゆっくり撫でて慰めてくれる。自分がときどきものすごく嫌になる。トラの優しさに甘えて、すぐに情緒が不安定になって心配をかける。そんな状況を楽しんでしまう。 「ウタウ、お散歩しようか」 「……うん」 「行ってくるね」 「いってらっしゃい」 小屋にシシとトオルを残して、トラはウタウを抱えて歩き始めた。 「シシ、トオルと二人っきりになりたいだろうから」 トラは穏やかに笑った。トラはシシのこれからを知っているのだろうか? 聞いていいことなのか分からない。聞いてしまって、悲しい気持ちになるのも嫌だ。 外は月夜で、少し寒い。自分が寒いと思うくらいだから人間はきっともっと凍えているだろう。彼らは里に帰れるのだろうか。 「ウタウ、ありがとう」 「うん?」 倒れて苔むした樹に腰掛けて、トラが優しくウタウの体を揺らす。 「オレ、一人だったら祭りの儀式をちゃんとできなかったと思う」 「……トラが頑張ったからだよ、俺はその場にいなかったんだし」 ううん、と首を振る。 「シシもトオルもいままで助けてくれたけど、オレはちゃんとそれにこたえられなくて」 すん、と首筋を吸われる。 「どうしてだろうって思ってたんだ。オレが足りなかったり、欠けてるのは知ってたから、どうしてオレに風を守る役割があるんだろうって」 「うん……」 右手を伸ばしてトラの太い首を撫でる。ふかふかで、何層にもなっている毛皮が温かい。こんなに大きい体になるまでトラはずっとひとりだったのだ。一人で、与えられた役目に立ち向かっていた。 「だからね、ウタウに会えて分かった。ウタウがいたから、俺には役割があったんだ。いつか待ってたらウタウに会えるから、大丈夫って誰かが決めて、授けてくれた力なんだよ」 「…そうかなあ」 「うん!」 「そうだったら、いいな……」 すりすりと、ウタウは首を伸ばして頬を擦り合わせた。 そうだったらいい。自分のこの中途半端な不死者の命がトラのためにあったなら、いつ死んだっていつ孤独になったって構わない。今この瞬間のトラの幸せのために生きて、いつか一人で自分は眠ろう。 「……ウタウ?」 「とら……外だけど……あの……」 もじもじとトラの耳を甘く噛んで、小さい声で誘う。 「ちょっとでいいから、しよ……?」 「うん!」 儀式ももうしばらくないと言っていたし、少しくらい汚れてもいいだろう。トラは今日頑張ったのだから、全身でご褒美をあげたいとウタウは思った。ゆっくりと丁寧に衣装を剥がす間に、トラは近くの気配を探っていた。 「うん、たぶん大丈夫! そんなに強い生き物はいないと思う」 トラは夜行性だから、夜のほうが能力が高まる。毛も膨れて一回り大きく見える。月の明かりだけを頼りに、ウタウとトラは互いの体に耽った。 最初は膝の上に乗ったまま、向かい合って深くまで差し込んで揺さぶられる。 「あぁぁ……」 「離れてたから、さみしかった、ウタウ……」 「いい子……がんばったね、すき……ううっ、ぁっ」 最初から深い場所を抉られて息がつまる。少し苦しい。外でするのが初めてでトラの興奮が手にとるように分かる。 座位は獣人が好む体位だとトオルが教えてくれたのを思い出す。腕の中にすっぽり収まる自分たちの体に支配欲が満たされるらしい。 「ウタウ、きゅうきゅうしてる……ごめんね、くるしいよね」 「ううん、平気だよ……」 いつもより骨盤の開きが狭いことはトラにも分かるらしい。離れていたし緊張していて体が強張ってしまったのだろう。 「ゆっくり……俺が息を吸ったり吐いたりするときに……ぐって入れていいから」 「でも……」 躊躇するつがいに、ウタウは微笑んで見せた。 「早く、トラの形に戻して……?」 「ううー、かわいいよお、かわいいよお……」 咆哮して、すぐにごつり、と押し入ってくる。その拍子にウタウの脚が大きく開いた。 「ぁぁあっ!」 腸の奥にぎっちりと、硬くて熱い楔が埋め込まれる。 「ひらいたぁ……」 「ウタウだめ、そういう言い方はだめ!」 「……はしたない? 嫌いになる?」 「ならないぃ」 「ふふ、ふふ……んっ、ぁ、ああ……」 胴をしっかりと持たれて、まるで自分が一本の鞘か筒になったよう。トラの両手は大きいから、ウタウのぺらぺらの腹周りは簡単に一周してしまうのだ。 「すき、すき……いい子、ウタウ……オレのウタウ……」 ぐちゅ、ずちゅ、ぽこ、と生々しい音と、木々のざわめきや風の音、虫の鳴き声が重なり合って、自分たちはなんていけないことをしているんだろうと胸が高鳴る。 「トラ、あっ、外、すき? 興奮する? あ……」 べろべろと唾液でいっぱいの長い舌で唇を覆われる。息が苦しいけれど、そのトラの必死さが可愛い。 「だめ、ウタウどうして? どうしてそういう、そういう恥ずかしいこと言うの?」 「……トラが、かわいくて……へへ、ごめんね」 「もう、ウタウ、かわいい、すき!」 「んぁっ、あぁっ、もっと……もっと」 ぎゅん、と体の中でトラの先端が反るのが分かった。震えが伝わってくる。ああ、種付けされる―― 「すき……」 ウタウは二人だけの歌を奏でながら、胎の奥底でトラの飛沫をたっぷりと浴びた。 *** いつも通りの生活が戻ってきたと思ったら、今度はウタウが寝込んでしまった。 「ウタウ、お水もってきたよ」 「……ありがとう」 寒い外に長い時間、裸でいたからだとトラは自分を責めて甲斐甲斐しく世話をしてくれる。嬉しいのだが、誘ったのは自分だしとても楽しかったのでウタウは複雑な気持ちだ。 「今日はお水飲めるかな……」 「うん……どうだろう」 寝台の上でゆっくりと体を起こしてもらい、水を口元まで持ってくるがどうにも気が進まない。 「ウタウ、お水はちょっとでもいいから、飲んで……干からびちゃう」 「うん……どうしてだろう、なんだかこの辺が気持ち悪くて、飲み込めなくて」 「どのへん?」 「……このへん」 ウタウは喉から胸を触った。不死者は固形物を摂取しないので、嘔吐することはない。しかしなんともいえないこのざわざわする感覚は、人間や獣人で言うところの吐き気なのだろうか。 「……ウタウ、あのね」 トラが杯を置いて、ゆっくりと手を重ねてくる。 「トオルに、似てる」 「え……?」 「気持ち悪いって寝込んでるときのトオルに似てる……診てもらおう?」 「……うそ……」 二人の間の一つの可能性に、光が差し込んだ瞬間だった。

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