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夏を乗り切るステップ。

 中学3年の夏は熱い。  2年の同じような時期から、そわそわと進学先を仲間内でさりげなく探り合いする姿を見かけたが、親の希望と本人の希望のすり合わせが決定するのは先日終了した期末テストの結果を下敷きとした三者面談だ。  夏休みを一週間後に控えた放課後、僕は昨日の三者面談を思い出して、たまらず、深いため息を吐く。みんな、それぞれに仕事や学校があって忙しいので言い出し辛くて、締め切り日が近づいても三者面談をどう乗り切るか悩んでいると、両親不在中の親代わりである兄たちが目をキラキラ輝かせて名乗りを上げた。  多分兄たちの古くからの信者(ファン)が注進に及んだのだと思う。  穏便な話し合いでは決まらず、翌日になぜかふたりは競馬場に向かった。結果、どれだけ配当金を手にしたのかは知らないけれど、こういう勝負事には負け知らずの長兄、清春兄さんが晴れ晴れとした顔で僕の三者面談に現れたのだった。(当日サプライズで、事前に誰が来るかお楽しみだった)  困ったことに清春兄さんの無駄な色気を目にした、同じく三者面談待ちの生徒や親、放課後まだ学校に居残り遊んでいたクラスメートが、その規格外振りを広めたらしく、影のように存在が薄いと言われている僕に、朝から注目が集まってしまった。曰く、「あの地味男の兄貴、半端ない男前なんだぜ!」と。 「夏期講習の日程、昨日ザッキー貰ってたよな?俺、なんか無くしたっぽいから貸して」 「ぽいってなんだよ。端末にコピーしたやつ送ってやんべ。なぁ、全部参加すんの?」 「親が煩いから、たぶん」 「ふーん。なあ、この期間はお盆休みだって。勉強もなしでよくね?」 「うんうん。じゃあさ、・・・こういうの、どう?」 「いいねぇ!」  本格的な受験モードに学年全体の空気が変わったのをヒシヒシと感じる。これは、2年の終盤に一度と春先に一度あった進路指導の影響で、志望する高校が自身の学力に見合えばいいけれど、大きく学力の差を指摘されたら、この夏にどれだけ差を埋めたかで、進学先を再考しなくてはいけないせいだった。  とは言うものの。最後の授業が終わった後のざわめきの中で、夏に追い込みをかけなくてもいい余裕男子たちは3年の夏だからこそと、女の子たちに海遊びや夏祭りへのお誘いをかけていた。半袖カッターシャツから逞しい腕を振り回してアピールしているが、気乗りなさそうな返事しか貰えていない。女の子たちの空気読めよなって視線がわからないのかな? 「もうぉー、きみたちさぁー、勉強会する予定はないのぉー?合宿でとか、ムチャ愉しそぉーなんだけどぉー」  茶髪を肩につくほどに伸ばした女の子、クラスでもかわいいと、ちやほやされているボス系女子が上目遣いで提案したせいで、お泊り+海+夏祭りの合体イベントの流れになり、彼女が計画を乗っ取る形で中心となりサクサク纏め上げた結果、当然ボスの取り巻きは全員参加表明。キラキラ系とちゃらちゃら系を足したような男子たちも、その日予定がない子以外は、全員参加することになった。  別に僕が聞き耳を立てていたわけではない、声が大きいから自然と耳に入ってきたのである。騒いでいたひとたちがイベントをもう少し煮詰めるためにボス系女子の席に集合し、こそこそ話しはじめたので教室は一気に静かになった。同じクラスメイトであろうと、地味系男子たちはお呼びではないらしいので。僕は三番目の兄から貰った肩掛け鞄を掴んで席を立ち、合宿に誘われたくてソワソワしている、同じく地味系男子の席の間を歩いていたのだったが。 「奈落噺、おまえんとこ、家大きいだろ?親に言って場所貸して貰えん?」 「・・・。」  何言ってんの。掴まれた手首から先を辿りヘラヘラする男子の顔を見上げる。 「あの棚橋ちゃんが頼んでんだよ。親に聞いてきてよ」  どちらの棚橋ちゃん?僕の顔から疑問が伝わったのか、「棚橋ちゃんが、わからないってマジか」と驚きながらも、あのボス系女子であることを教えてくれる。 「噂だとおまえの親、奈落噺のおねだりに弱いんだろ?」  見下したように、ってか完全にバカにしてるだろ、こいつは。わざと掴んだままの手に力を入れ、その整った顔を僕のメガネに接触するギリギリの距離まで近づけてくる。  全く笑っていない目の奥を覗いてしまっては、だめだった。 「俺たちと楽しい夏の思い出、作ろう?」  どくどく血管を波打つ音がする。 「なんなら、おまえの地味仲間も参加すればいいし」  緩やかな拘束は僕が、どうにか頷くまで続いて。拘束がゆるむと同時に急いで教室を出たので、その後にあった合宿参加の条件として、親の同意書がどうとかという話しは知らない。  少しの接触で、べったり背中に張り付くシャツが気持ち悪い。動揺から滲んできた涙を指で乱暴に拭って、僕は靴を履き替え学校を後にした。

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