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不毛な三角形は、こうして混迷する3。
僕が内向的すぎて友達のひとりもいないのが心配だと両親は言う。
不在が多くどちらかというと兄たちに育てられた感の強い僕としては反論したいところもあったのだけれど、華々しい容姿と優れた頭脳を持つ兄たちには、それこそ押しかけるほどの傍迷惑な困った『友人たち』がいたのは確かだし、両親の基準がそれであるなら、僕なんかは心配に値する見劣りする息子に違いない。過保護な兄たちは僕の見劣り云々を全力否定したうえで、無茶苦茶悲しむのは想像できるから、絶対に口に出すような愚行はしないけど。
でも大事な兄たちが僕に時折愚痴を零すような、マナーがない自称『友人たち』は必要ないとか本音で思うので、僕の友人関係はこれでいいのかも。僕にとって大事にしたいひとたちは決まっていて、これからも変わらないからね。
さて。だからこそ、両親にすれば今回の降って湧いたような合宿話は朗報にしか聞こえないと思われ、喜んで許可して・・・いや、寧ろ僕よりは乗り気になるんじゃないかな。でも僕は、僕の家が普通じゃないことを理解しているので、まったく気が進まない。あの場で「幽霊とか物の怪が出るけど、いいの?」とか断り入れたら、ネタだと思われて益々変なヤツだと思われてたに違いない。・・・あえて、現在でも十分にそう見られていることは棚に上げるけど。
「・・・あっ」
小さな鈴虫っぽい電子音の奏でる短い音を捉え、急いで端末に手を伸ばしてタイマーを止める。黄さんの傍では時間の経つのが早い。「もうこんな時間?」と、いつものように感じながら受験勉強のために広げていたノートとプリントをさっと纏めて、カバンに詰め込んで顔をあげる。
「黄さん、帰ります」
お会計は小口方式で、室生兄さんから黄さんに先払いで纏まった金額が渡されていて、使った分は月のはじめに補充される仕組み。ちなみに。僕の月々のお小遣いとかも兄さんたちのポケットマネーから支払われている。結構な額になるソレは友達と遊びに行くことがないから、全く減らないので貯まる一方。だから、僕としてはここで、そのお金でお支払いしたいのだけれど、兄さん的には別口らしい。正直、甘やかされているなと本気で思うので、一度止めて貰って自分でお支払いしようとした過去もあるのだけれど、今度は黄さんが受け取ってくれなかった。黄さん曰く、「未来の嫁からお金は取れない」らしい。困った僕が相談したのは、もちろん兄さんたちで。後日、無茶苦茶いい笑顔の室生兄さんと黄さんの話し合いによって、平和的に小口方式が復活したのだった。
「まだゆっくりしていってもいい時間じゃないか?早くないか?なんなら、みんなには帰って貰って送って行くけど?」
「何言ってるんですか当然ダメです。まだ営業時間でしょ!」
ぎょっとして、数客の常連さんの様子を伺う。通常の声量のため、みなさんにもバッチリ聴こえていたようで、あらあらって顔をして、・・・帰り支度?だめですって。黄さんにはお説教です。そして、渋るダメ店主に代わり、ぜひとも、ゆっくりしてってくださいませをする。
「じゃあさ、室生が迎えにくるまで居たら?」
「兄さんは忙しいから迷惑になるよ」
「あいつなら絶対に気にしない。寧ろ少しでも溺愛している弟と一緒にいられて喜ぶだけだから」
「で、溺愛って・・・、普通だよ?」
「偏執とも言う。・・・おいおい、赤い顔しちゃって。照れてんのか?かわいいけど妬けるなぁ、俺もそんだけ意識してくれよ」
顔の熱を持て余していたら、唇にむちゅっとした感触。わざとなのか、それは離れる時にぷちゅりとイヤらしい音を立てるのであった。って、黄さん!なんで、そう、ちょいちょい隙をついて、エロいことするのかな。ぷんぷんする僕に、
「斑が喜ぶから」
と、黄さんは謎のドヤ顔。意味ありげに硬い親指の腹で僕の唇を優しく、すりすりなんかもしてきて。大人の艶に誘惑され頭の中がぽわんっとしてきたところで、「マスター、男子中学生とそれ以上の淫交は見逃せませんよ!美味しいけども!」
・・・有難くも常連さんたちが待ったをかけてくれたのであった。
黄さんの策略(?)で少し時間が押していることに気づく。
暗くなる前に家に帰ることができないと僕の二番目の兄が自身の多忙も、なんのそので過保護を爆発させ、GPSでの行動のチェックからはじまるルーティンを仕掛け最終、車でお迎えに来る。それほど家から遠くない距離にも関わらず、だ。奈落噺家には門限なんてオシャレなモノはないのに、室生兄さんの頭の中にはしっかりと存在するものらしいから、手を煩わせるのは申し訳ないと、あえて意識して毎日早めに帰るようにしていた。それに今日は相談したいこともあるし、兄さんとは頭の中が整理された状態で会いたい。焦って顔を上げるのと、ほぼ同時くらいで黄さんがうんざりした感情を唇の端にのせ、テラスの方を向いた。さっきまでは僕が帰るからと、拗ねていたのに。今度は真剣な顔で待ったが掛かる。
「ちと面倒な客が来たなぁ」
素直に浮かせた腰をゆっくり戻す。
「トラブルですか?」
「巻き込まれたくないよな?」
もちろん。こくこくと何度も首を上下にすると、ふふっと笑われる。
「じゃあ、少しの間、静かに。声は出さない」
人差し指を立てての、いつもの警告。黄さん曰く、敷地内は黄さんの気配で満ちているので、どれだけ聡い相手だろうと僕の存在は隠せるらしい。但し、自分からぶち壊すようにアピールしない限りは。
黄さんが、いったいどんな存在なのかという何度目かの考察は、間を置くほどなく、ドアベルの音と同時に飛び込んできた賑やかな声にかき消された。
「お腹空いたーぁ!マスターなんか作ってぇ!」
警戒するから、あちらの世界の関係者かと思っていたのに。見知った人だったので拍子抜けではないけれど、あんぐり口が開く。
「・・・声が大きい」
「だってぇ、お腹空いたんだもん」
ぴしゃりと嗜める声に、呑気な返事。強者だなぁ。
「チーズの入ったハンバーグが食べたい!あとソースはデミグラスね。それと前に斑と一緒に食べたときと同じくらいポテトサラダは盛り盛りで。ハンバーグは一口サイズに切ってよね。斑にはいつもしてあげてるでしょ」
要くん、あいかわらずだな、とか思っていると続いてお客様が来店。そちらに視線をやる前に、耳に飛び込んできた冷えきった声に、びっくりする。
「・・・おまえ自分が斑と同列だと思ってんのか」
黄さん・・・、ひとまず要くんが、かわいそうだから、その虫けらを前にした時のような目はやめようか。
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