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第2話

 襖を開くと、ちょうど入室しようとした日本号と鉢合わせた。  どうやら彼も挨拶に来たらしい。小狐丸は今取り込み中である事を示して、彼と共に廊下に出た。  襖の隙間から清光と審神者が話し込む姿に視線を置いたまま、日本号が不安そうに口を開く。 「こんな事、言いたかないが、主は本当に大丈夫なんだろうな」 「滅多な事を言うな。ぬしさまはお忙しい人だ。仕方があるまい」  小狐丸は口では擁護しながらも、内心は彼の不安も分かる。  小狐丸が審神者に仕えてからとうにひと月は経っている。その間に彼がここに顔を出したのは片手で数える程度だ。そして会う度に清光に決まり事を尋ねるが、次来た時には忘れている始末である。主を慕うあまり、節穴になっている小狐丸の目から見ても彼が優秀とは言い難い。  しかし、ここでそれを口にしたところで、日本号の不安を煽るだけだ。仕方なく、小狐丸は話題を替えた。 「ところで、日本号、珍しい服を着ているな」  日本号はいつも着ているつなぎを半分脱ぎ、腰のあたりに巻き付けていた。いつもと違う半袖のついた白い服を身につけているが、変わっているのは、その胸元に大きく『日本号』と書かれていることだ。  彼は少し得意気な様子で胸元の生地を引く。 「ああ、これは『てーしゃつ』と言うらしい。昨日、本丸に全員分の『てーしゃつ』が名入りで届いたらしい」 「全員分? 名入りで?」  奇妙な出来事に小狐丸は眉を寄せた。日本号は身を寄せてますます声を潜めた。 「噂によると、主が作ったんじゃないかって……」 「まさか……」 「まあ、どの道これを着てりゃ、会うたびに名乗らずに済むだろうし、便利なものよ」  彼は持ち前の気楽さで白い歯を見せた。きっと彼も彼なりに主に名前を覚えてもらおうと試行錯誤しているのだろう。 「お前の分もあったぞ。着たらどうだ」  それもいいかもしれない。  そう思った時、部屋から芯の通った声が聞こえた。 「清光、この札はどうやって使うのだ?」  もう一度、部屋を覗くとそこに先ほどまでいたはずの清光は姿がなかった。断りも入れずに立ち去ったということは逃げたようだ。  審神者は置いていかれた子供のように周りを見回し、消えた清光の姿を探している。その時、襖の隙間から覗く小狐丸と目が合った。  しかし結んだ視線はあっさりと主の方から解かれた。そして、やはり彼の口から出たのはここにいない刀の名であった。 「清光、どこにいるのだ?清光、清光〜!」  札の事ぐらい、私にも分かることなのに……。  胸に細い針が刺さったような痛みを覚えた。  主にとって、重要なのは知識ではないのだろう。信頼できる者に傍にいてほしいのだ。  しかし、それは自分ではない。  目が合ってしまった以上、このまま覗きを続ける訳にもいかず、日本号と共にその場を去った。  庭に面した縁側を歩きながら、小狐丸は考えた。  その『てーしゃつ』とやらに、名前を書いたところで、彼が名前を覚えてくれるとは思えなかった。ただ服に書いてある名を読み上げるだけだ。 「その『てーしゃつ』とやらは、加州の分もあるのか?」 「さあ。……そういや、あいつも着てないな。流行り物とか好きそうなのに」 「ならば、私も着ない」  意地の張った拗ねた声に日本号は呆れたように笑った。  小狐丸だって審神者に求められたい。しかしあれを着ていても、遠くから主に名を呼ばれる日など永遠に来ない気がした。

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