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第5話
今こうして自分を求めているのは比良木の意思ではない。
Ωがαを求めているだけ。
そして自分もαとして、このΩに応えようとしている。
目の前のこの美しくかわいそうな生き物は、比良木であって、比良木ではない。
比良木でなくなった時に、自分も大杉ではなくなる。
それが悲しくて。
ふと大杉をよじ登るように体を起こした比良木が、大杉のきつく閉じた瞳に口付けてきた。
驚いて目を開けると、やはり虚ろな目をした比良木がふわりと微笑んでいた。
それを見てまた悲しそうに目を閉じた大杉を、再び比良木が口付けてくる。
「大丈夫、ちゃんと覚えてるから」
その言葉に昨日との微かな違和感を感じた。
昨日は本当に会話が成り立たなかった。
けれど今は…。
表情や香りは昨日と変わらない。
むしろ今日の方が香りはきつい。
覚えている、確かにそういった。
大杉の思考もだんだんと薄れてくる。
香りに煽られ、たまらなく欲情してくる。
これは、αの本能だけではないと信じたい。
比良木に微かでもいい、自我があると信じたい。
そう願いを込めて、比良木に口付けた。
「ふぅ、ん、んん」
比良木が漏らす吐息は堪らなく甘い。
比良木から香ってくる匂いと同じくらい、大杉の下半身を直撃する。
深く重ね、激しく舌を絡めていると、比良木の口端から2人分の唾液が溢れて顎を伝って落ちた。
すぐに崩れ落ちていく比良木の体を追いかけて被されば、重なった体温に比良木が喘いだ。
「はあ、ん」
ふるふると震える体を掻き抱けば、微かに仰け反り快感に喘ぐ。
服の中に忍び込ませた手に、しっとりと馴染む素肌。
丁寧に服を脱がせ始めると、比良木の手が大杉の服に伸びてくる。
震える指先で一つずつボタンを外す姿に、愛おしさが込み上げた。
お互いの素肌が現れると、大杉はそれを密着させた。
「あ、ああ」
体温の触れる感触にも比良木は敏感に反応する。
小さな可愛らしい突起に唇で触れると、びくんと跳ねた。
それからおずおずと見下ろしてくる。
朱の差した頬とキスで濡れた唇が強烈な色香を放っている。
堪らず突起に吸い付いた。
「ひあ、ん」
大きく跳ねて、腰がうねり出す。
突起を舌先で弄びながら、ズボンに手をかけて引き下ろした。
現れた性器はしとどに濡れ、微かに震えている。
触れようとすると、手を掴まれ、首を振る。
「どうして?昨日はあんなにせがんでたのに」
そう言うと、ますます首を振る。
微かに残る理性がそうさせるのか。
恥ずかしそうに腕で顔を隠す仕草をした。
比良木の自我を垣間見た気がして、引き止められた手ではなく、唇を落とした。
「ひ、やあ、あ」
先端に口付けただけで、トロッと蜜が溢れ始めた。
それを舐め取るように窪みに舌を這わせるとガクガクと震える。
茎を舐めるようにしながら、そっと指を忍ばせた秘部はもうしっとりと濡れている。
これもΩである証の一つ。
本来濡れる器官ではないが、内部の奥深くに子宮が備わっているため、交尾の際にその結合を潤滑にする体液が分泌される。
つくづく生殖に特化した体だ。
指を押すように差し入れると、するりと飲み込まれた。
「ああっ」
比良木が体を震わせ、快感に身を捩る。
内部を押し広げるように指を動かすと、女性器のように濡れた音を立てた。
「ひゃ、ん、やあ」
大杉の幻聴か、錯覚か、昨日とは喘ぎ声も違う気がした。
その微かな違和感にこのまま縋ってしまおう。
そう、思った。
音を立てながら比良木の性器を吸い上げれば、びくんと跳ね、口中にじわりと苦味が広がった。
「や、はな、して」
そう頭を掴んでくる。
構わずに口に大きく含んで、上下に扱いているとぎゅっと髪が掴まれ、口の中で比良木が弾けた。
「ああああ、っ」
大きく反り返った体がぱたっと床に落ちた。
口元を拭いながら比良木を覗き込むと、余韻に打ち震えながら固く閉じた瞼の端から一筋の涙を流した。
「はあ、あ、は、なして、ていったの、に」
そう言いながら真っ赤になる。
ぞくぞくと背を何かが這い上がってくる感覚に、大杉は身震いして、比良木の孔穴にもう一本指をつきたてた。
「あああ、んん、ああ」
指を動かすたび、比良木の腰が揺らめき、大杉を誘う。
昨日大杉を受け入れたそこは、柔らかく指を飲み込んでいく。
「や、あ、もう、も、う」
比良木の手が大杉の頬に伸びて、強請るように潤んだ瞳が見つめてくる。
とっくに張り詰めて、限界が近かった自身をあてがうと、比良木は期待に震えた。
「は、やくぅ、あ、挿れて、あっあ」
先の快感を期待しただけで、比良木は感じてしまうようだ。
あてがっただけの入口が大杉の先端に吸い付くようにヒクついた。
とろりと蜜を溢れさせる。
ぐっと押し込むと、背を反らせて震えた。
「ああああ」
快感に震えながら、大杉の背に腕を回ししがみついてくる。
「痛くない?」
大杉の問いかけにこくこくと頷く。
それから薄っすらと瞳を開け、上唇をちょっと舐める。
ずくっと下半身に衝撃のような血の集まりを感じた。
「ひゃ、おおきく、しない、で」
比良木が悲鳴のような声を上げて、体を丸ませしがみついた。
「じゃ、煽らないで」
「ああ、ん、そ、んな、ああ」
大杉が腰を動かすと、比良木がさらに高い声で鳴き始めた。
「ああ、あ、ああ、あ、あ、んい、い」
もう快感しか追ってないことはわかっていたが、それでも大杉は微かな望みを持って話しかけた。
「俺のこと呼んで」
「あ、あ、ああ、あんん」
首を振りながら、微かに腰を振る。
「ああん、い、いい、もっと、も、とぉ」
その姿に煽られながら、それでも悲しくて、大杉はぎゅっと目を閉じた。
「聡史、聡史」
呼び戻したくて、繰り返し繰り返し呼んだ。
返ってくるのは嬌声ばかりで。
虚しいのに、興奮する自分がいて。
「ああ、あ、ああ、い、く」
「聡史」
相変わらず呼びかけには応えず、限界が近いのだろう、何度もいく、と繰り返す。
比良木の中は大杉を追い上げるように躍動し、射精を促してくる。
「く、そ、俺も」
「ああ、あ、な、かに」
Ωの本能からか、中だしを要求してくる。
昨日と同じ。
大杉はぎゅっと目を閉じた。
αとして、それに応えよう。
一際激しく腰を動かすと、比良木の体が大きく反った。
「ひ、ああああああっ」
「くぅ、っさと、し」
大杉が中で弾けると、比良木がびくんと跳ねた。
「あ、ありょ、う」
二人の間で、比良木が弾ける。
大杉は余韻に数度体を震わせながら、ぐったりと弛緩する比良木を驚いたように見下ろした。
最後の瞬間、確かに比良木が自分を呼んだ。
聞き間違いではないはず。
大きく胸を喘がせ、余韻に震える体を見下ろして、そっと離れようとすると、ぎゅっと足が絡みついてきた。そして同時に悲鳴のような声も上がる。
「いやぁっ」
思わずびくっとして動きを止めると、濡れて揺らぐ瞳が見上げてきた。
「ちょ、っと待って。まだ、だめ」
「え、ああ」
大杉が戸惑いながら答えると、背に回された腕がキュッとしがみついてきた。
「ごめ、も、ちょっと」
小さく震える体をそっと抱きしめると、溜息のような喘ぎが聞こえた。
「ん、ふぅ、ん、ん」
訳も分からず抱きしめていると、腕の中でくすりと笑う声がした。
「比良木さん?」
「聡史でいいよ」
「え」
「さっき、そう、呼んでくれたじゃん」
「え、覚えてる、の」
思わず腕の中を覗き込むと、嫌がるように顔を押し付けられた。
「覚えてるって、言った」
微かに返ってきた言葉にぐっと熱いものが込み上げてきて、きつく抱きしめた。
「く、くるしいって」
抗議の声も嬉しくて愛おしくて、しばらくそのまま抱きしめた。
大人しく抱き締められてた比良木が少し身じろいだ。
それを合図に腕を緩めると、目だけが見上げてくる。
じっと観察するように大杉を見つめる。
「な、なに?」
そう尋ねると、また顔を胸にぐりぐりと擦り付けてくる。
その小動物のような仕草が堪らなく可愛いと大杉は思うのだが、きっと比良木は無自覚だろうとも思った。
「あ、の」
「ん?」
腕の中を見下ろしてみるが、頭は変わらず胸に押し付けられている。
大杉から見える耳が真っ赤になっていた。
何だろう?
そう思いながら、言葉を待つ。
「あ、明日も、きてくれませんか?」
「え」
「え、と、あの、いやじゃ、なかったら、期間中、毎日来て、欲しいです」
比良木からの思いもかけないお誘いだった。
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