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2・西城春哉の転機

 もきゅもきゅ。  可愛らしい咀嚼音できゅうりを食べているのは、小さな河童だ。  ぬいぐるみにしか見えないが、ちゃんと生きている事に、最初オレは驚いた。 「美味いか? 実家から送ってくれたやつだからよ、新鮮だろ?」 「もきゅ」  オレの言葉に嬉しそうに頷く河童にオレは癒されていた。  この河童は、二週間ほど前に帰宅した夫に引っ付いて来たのだが、どうやら夫には河童の姿が見えないらしい。  最初は多少ビビったオレだが、実はオレは元々この手の輩が見える家系の出身だった。  ここまで身近になった事は今まで無かったが、全く害がなさそうなので、今では親しみを覚えている。  会話は出来ない為、なんで夫にくっついてきたのかは未だに謎なのだが、静まり返っていた暗い部屋は、この河童のおかげで明るくなった。 「おかわりいるか?」  甘やかしてしまうのは、河童がまるで赤ん坊みたいにオレに懐いてくれるからだ。  ぷにぷにの頬をつつけば、くすぐったそうに身を捩っている。    河童が来てから、オレの生活は変わった。  家に籠りきりだったオレは、河童の散歩の為に外出するようになり、家の中でも河童と遊んでいるので、落ち込む暇が無かった。  きっと、自分の子供が生まれていたら、こんな風に過ごしていたのだろう。 「可愛いなぁ、お前」  小さな手を優しく握ると、きゅっと握り返してくれるのが嬉しい。  夫の実家からかかってくる嫌がらせの電話の時も、河童がいると耐えられるのだ。 (一緒に居れば、あいつの事も考えなくていい)  河童が居てくれれば、きっとオレは大丈夫だ。 「なぁ、お前はオレとずっと居てくれるか?」  思わず口からそう出ていた。  河童がつぶらな瞳を瞬かせ、オレの顔をじっと見ていたのでオレは慌てて言い直す。 「悪い、困らせるよなっ、忘れてくれ!」  河童にも都合があるのだから、そんな我儘は言えない。

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