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4:西城誠一郎の悲哀

 俺には大切にしたい妻が居る。  当時オレと妻は同じ高校に通っていた。  妻と俺の仲が傍から見ると悪かった事もあり、当時、妻のヒートに巻き込まれて、俺が責任を取らされる形で結婚した、と周囲からは思われている。  しかし、それは違う。  俺は、最初から妻が、春哉が好きだったからだ。  一目惚れだったと言っても良い。  少しきつい顔立ちも、やや荒っぽい仕草も、その声も俺にとっては誰よりも好ましく映った。  けれど、俺は春哉に気持ちを伝えようとは思っていなかった。  俺の一族は血統を重んじる一族で、結婚する相手にも血統を求めていた。  出会ったばかりの頃、春哉と結婚したいと思ってそれとなく両親に春哉の名前は伏せた上で話をしたこともあるのだが、その際の両親の反応は凄まじい拒否反応だった。  両親の性格上、もし春哉の事を紹介すれば、危害を加えるのは分かり切っていた。  一学生にしか過ぎない俺には、当時春哉を守る術などなく、春哉はそもそもバース性すら分っていなかった。  意気地なしの俺は春哉への気持ちを封印した。  そんな時に転校生がやって来た。  転校生は名家の家柄出身で、外見が少し春哉に似ていた。  だから、最低な事に俺は彼を身代わりにした。  春哉に言いたかった言葉で口説き、俺は彼と恋人同士になったのだ。  家柄も釣り合う上にΩだった彼を、両親は気に入ったらしく、話はとんとん拍子に進み婚約まで行った。  だが、彼を愛しいと思う事は出来なかった。  卒業したら結婚する。  しかし、そんな時に春哉のヒートの現場に居合わせた。  甘い香りに惹かれて入った夕方の空き教室で、俺は理性を手放し春哉へと襲い掛かった。 「西城……っ!」  俺の名前を呼ぶ春哉に舌を絡めるようにキスをして、獣のようにセックスをした。  快感に身体が痺れ、互いの意識が薄らぐ中で、俺は歓喜していた。  欲しかった唯一が手に入ったのだ、と。  すべてが終わった後、呆然としている春哉を俺の寮の部屋に運びながら、俺はその時に覚悟を決めたのだ。  俺はすぐに春哉にプロポーズをした。  春哉は戸惑っていたようだったが、Ωは一度番になってしまえば解除する方法はないこともあり、二つ返事で了承してくれた。  春哉が俺を密かにいつも見ていた事を知っていたので、振られるとは思っていなかったが、初めての告白にとても緊張したのを覚えている。  別れ話の際、転校生の彼には泣き喚かれて殴られたが、彼にはそうする権利があったし、転校生を好きだった当時の生徒会メンバーにも散々詰られた。  情けない俺は、彼らを引っかき回し傷つけただけだった事を、その時にやっと理解した。  それでも、彼らは最後には俺を応援してくれたのだから、俺には過ぎた友人たちだった。  俺と春哉は卒業後に籍を入れた。  番になった相手を捨てるのは外聞が悪いと、渋々受け入れた両親は、子供を産むならば仕方ないと言っていたのだが、結婚後4年目で授かった子供が流れてしまってからは、春哉への態度が辛辣なものになっていた。  しかも、俺は始まりが始まりだった事もあり、春哉へと上手く気持ちを伝える事が出来ておらず、流産した春哉にかける言葉が見つからず、春哉との会話が極端に減った。  そうやって気づけば、俺は、春哉が起きている間には家にすら帰れなくなっていた。  そんな空まわっている俺を見た、当時の副会長だった坂下によって、先日都内に当時の生徒会メンバーが集められ、俺は皆に激しく責められた。  信じられないと、情けないと言われて、俺以外は皆、円満に夫婦関係を築いていると聞き、俺は項垂れるしかなかった。 「奥さんに捨てられても知りませんよ」  別れ際の坂下の言葉が胸を抉った。

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