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6:西城春哉の逃走

「春ちゃん、そろそろ休んだらどうだね」  畑を耕しているオレを、爺ちゃんが優しく呼び寄せる声を聞いて、オレは大きく手を振った。 「おう! そろそろ休憩するわー!」  手拭いで汗を拭いながら、オレは大きく伸びをして、青空を見上げた。 ――オレは、今実家に帰ってきていた。  河童との生活で大分前向きになれていたオレだったが、やはりそれでも辛いことは変わりがなかった。  夫からは愛されず、義両親からは罵られ、周りの視線も冷たい環境は、オレの心を大分蝕んでいたのだ。  しかし、一度番関係になってしまうと、Ωは、αから離れた後には地獄の苦しみが待っている事が分かっていたため、俺は鬱々としながらもあの場所に居るしかなかった。  だがあの日、夫の呆然とした声で起きた俺は、俺の項から番の契約である証の噛痕が消えている事を知った。  そうなってからは早かった。  翌日早朝から始まった西城家の親族会議の場で、俺は以前から用意していた自身の捺印入りの離婚届を差し出し、離縁してほしいと伝えた。  その際に、しっかりと今までの嫌がらせについては文句を言ってやった。  元々、俺は不良生徒だったから本来は口で負けるようなタイプじゃないんだ。  今までは妻として我慢していただけだ。  義両親は俺の態度にはちょっとびびったものの、その後は大喜びで、やっとか、と盛り上がっていたが、夫である誠一郎の表情は怖くて見れなかった。  だが、何も言わなかったので了承という事だったんだろう。 (どんなに冷たくされても好きだったんだよな。我ながら呆れる)  その後、俺は実家に戻り農業の手伝いをするようになり今に至る。  Ωなので、一人で切り盛りは難しいから、そのうちに伴侶を迎えなければいけないのだろうが、今はまだ必要ないと思っている。  ちなみに河童も、実家にくっ付いてきてくれていた。 (俺は、今はまだ忘れられないけれど、いつか誠一郎の事も思い出として話せるくらい吹っ切れると良いな)

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