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7:西城誠一郎の覚悟
妻に離縁を言い渡された。
項から痕が消えてすぐに開かれた親族会議の場で、俺は自身の愚かさを痛感していた。
離婚届を用意していた春哉から、両親や周囲が今までして来た仕打ちを、俺はその時初めて知った。
両親が春哉を嫌っているのは知っていたので、ここしばらくは親とは絶対に会わせていなかったのだが、それは甘かったらしい。
学生時代の荒々しさを取り戻した春哉に両親は怯んでいたが、離婚の言葉には大賛成と喜んでおり、俺はもう春哉と両親がどう足掻いても歩み寄るのは無理なのだろうとその時にやっと理解できた。
「ほら、ねぇ。この子なんて良いんじゃないかしら」
母親はあれ以降、次の見合い話を薦めてくるようになったが、俺はまだ離婚届を提出していない。
あの日の春哉の堂々とした態度に、俺は何も言えなかったが、俺は今でも春哉を愛しているし、これからもずっとだ。
たとえ、春哉が戻ってこなくても、俺は他の人間と結婚する気など既にない。
充実した生活を送っているだろう春哉の邪魔にならない様に、俺は身を引くべきなんだろう。
「馬鹿じゃないの」
そんな時、俺の目の前に現れたのが、かつての転校生だった男、神崎遥だった。
洗練された容姿に育っていた彼は、隣にαのパートナーを連れており、今は西城遥になっていた。
「西城崇と言います、よろしく」
渡された名刺と名前を見て、俺は彼が西城の一族である事を知った。
確か、遠縁に非常に優秀な男がいると言われていたのを思い出す。
「坂本くんから聞いたよ、あんたの落ちぶれたその後の話。ほんっと、馬鹿だよね、あんた。僕を捨てといて、上手に口説けなくて嫁に逃げらるって信じられない! あんた僕と付き合ってる時、あんなにスマートだったじゃん! 本命には上手くできないってどうなの!?」
俺はその言葉に俯くだけだ。
本当に情けないとは思う。
怒る遥をスマートに宥める崇を見て、俺は羨ましくて仕方がない。
「……言い返す言葉もない」
俺の言葉に、遥は溜息を吐きながらも、真剣な目で俺を見ていた。
「あんたはさ、俺様生徒会長って言われてたけど、全然俺様じゃないんだよ。あの不良には、西城家はそもそも荷が重い事くらい分かっていたはずでしょ。でも、手放せなくて口説いて結婚した。だったら、本当はあんたが守ってやらなきゃいけなかったんだ」
遥の言う通りだった。
俺は、育ててくれた両親と、愛する春哉のどちらも選べなかった。
今まで何とか結婚生活を送れていたのは、春哉が自身を抑えていたからなのだ。
「だが、それでも一緒に居たかった……!」
「だったら、貴方が折れれば良い」
俺の言葉に、黙っていた崇が口を挟んだ。
「失礼ながら、たとえ春哉さんが戻ってこられても、あのご両親が居るのであれば彼はきっとまた傷つきます。だから、貴方が春哉さんを選ばなければいけない」
「それは……」
その話は、一度は考えた話だった。
しかし、そんな事をすれば、両親が春哉や春哉の親族に対して何かをする可能性があり、俺は決断できなかったのだ。
俺の様子に、遙と崇は顔を見合わせてにやりと笑う。
「だから、取引と言う事にしましょう」
俺は、二人の口から出た提案に、少し考えた後に頷いた。
――翌日、俺は役所に離婚届を提出した。
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