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9:二人の夫夫
「ふぅ、そろそろ休憩すっか~」
オレは近くに居るはずの河童に合図を送る。
最近は、一緒にお弁当を食べるのが日課だ。
泣きたい話、結局半年経っても、オレは踏ん切りなんかつけることはできなかった。
「おーい、河童~?」
いつもはすぐに飛んでくる河童が来ない事に、不思議に思って呼びかけるが返事がなくて。
同時、ざっと大きな足音が聞こえてオレは顔を上げた。
振り返った先には、探していた河童。
けれど、その隣には居るはずのない男が居た。
「なんで、あんた」
ラフな格好をしている姿は初めて見るが、それは夫だった誠一郎以外の何者でもなかった。
「口説きに来た」
「何言ってんだよ、別れただろうが!」
「ああ、離婚届は出した」
ふざけた言葉にオレは顔を顰める。
「……終わってんじゃねぇか」
離婚届を出しているのならば、既に他人でしかない。
愛人にでもなれとでもいうつもりなのかと思って、オレが睨みつけると、傍に寄った誠一郎がオレの手を取った。
「おい!」
誠一郎が鞄から一枚の紙を差し出しオレに渡してくるのを思わず受け取る。
「なんだよ、これ……?」
少し皺になった紙には、婚姻届けとあり、既に誠一郎の名前が書いてある。
俺は、呆然と誠一郎を見上げた。
「お前が俺に嫁ぐんじゃなくて、俺がお前の所に入る」
「馬鹿か、お前……! お前、うちは農家だぞ! 会社どうするんだよ」
跡継ぎである誠一郎にそんな事が出来るはずがなかった。
「親戚に優秀なのが居てな。そいつに全部やった。やったと言っても、財産分与は貰ったがな」
「あんた……」
「最初からこうしてれば良かったんだ。俺は会社なんてどうでも良かった。ただ、育ててくれた両親に納得してもらいたかった。俺が優柔不断だったんだ。けど、それでお前を傷つけ失って、俺は決意した。跡を譲る代わりに親戚が両親は何とかしてくれるから、お前の家族にも迷惑はかけない」
誠一郎は少しためらった後、俺をそっと抱きしめると、かすれた、けれど真摯な声で言った。
「俺はお前を愛してる。傷つけて悪い。もう一度だけ、俺にチャンスをくれないか。絶対に、もう泣かせないから」
それは、オレがずっと欲しかった言葉だ。
オレはどんなに強がっても、オレは誠一郎を忘れられなかった。
下を見ると、オレと誠一郎のズボンをはしっと掴む河童が見える。
その目が、頑張れと言っているように見えて、不安だけれどオレは勇気を出した。
「……っ、オレもあんたが好きだよ!」
もう一度だけ、こいつを信じようと思う。
俺は強く、誠一郎を抱きしめ返した。
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