7 / 9
わるいむし
「どういう事?」
新汰は瞠目すると、升谷と奏汰の顔を見比べた。
二人とも特に切迫した様子もなく、口元に悠然と笑みまで浮かべている。
奏汰は恋人に近づくと、さっきまで新汰のものを咥えていた唇をそっとなぞった。
「新汰の咥えて感じたんだ?」
奏汰の質問に升谷はふふっと笑うと、その指先に口づけた。
「嫉く?」
「ちょっとな」
呆然とする新汰の前で仲睦まじくやり取りをする二人。
一体どういう事なのか全く意味がわからない。
パニックを起こしている新汰に気づいた奏汰が、こちらに向かって笑みを零した。
「俺が糸史に頼んだんだ。お前と寝て欲しいって」
「は…はぁ?!なんのために…」
「決まってるだろ?お前を誰にも渡したくなかったからだよ」
突然の兄の告白に新汰は瞠目するとカッと顔が熱くなる。
「意味が…わからないんだけど」
惑乱する新汰に升谷が話し始めた。
「俺と奏汰はね、ちょっと変わった性癖があるんだ。スワッピングって知ってる?パートナーが自分以外の相手とセックスするのに興奮しちゃう性癖の事。つまり寝取られね」
スワッピング、寝取られそういう性癖がある事は知っているが、まさか兄がそんな性癖の持ち主だなんて知らなかった。
更に驚く事に、兄の奏汰が新汰に対して兄弟以上の感情を抱いてる事を聞かされる。
しかもそれは新汰が奏汰を慕う以上の強い情愛だった。
じゃあなぜ、寝取られるとわかっていてわざわざ恋人を作り新汰に紹介なんかしていたのだろうか。
「確かにお前が俺の恋人を寝取っているかと思うと興奮したし、ゾクゾクしたよ。けれどそれ以上にお前が俺のために必死になって邪魔をしようとしているのがたまらなく嬉しかったんだ」
照れ臭そうに笑う奏汰の表情に、新汰の胸の中でとてつもない感情が湧き上がってくる。
信じられなかった。
新汰がやっていた事が全くもって兄に筒抜けだった事にも驚いたが、それ以上に兄が…奏汰がまさか自分をそんな目で見ていてくれてたなんて思ってなかったからだ。
「じゃあ、今まで連れてきた恋人は全部偽物って事?升谷さんも?」
「俺は新汰 以外の人間には興味がない」
奏汰のキッパリとした告白に新汰はまた真っ赤になっていく。
それを見た升谷がふふっと笑った。
「もう…奏汰は冷たいなぁ。ま、そういうところが俺は凄く好きなんだけどね。俺はただただスワッピングが趣味で、奏汰に頼まれて協力してただけだよ。でも君たちみたいに異常なほど依存しあっている実兄弟は初めてだから今までで一番興奮してるのは間違いないかな。絆が強ければ強いほど燃えるものなんだよ、スワッピングって」
狂ってる。
端から見ればこんな関係や性癖は理解し難いはずだ。
しかし、全ての話を聞いた新汰は、そんな異常な状態に嫌悪を一切感じなかった。
それどころか、ずっと燻っていた胸のつかえが取れたような気さえしている。
ふと、昔何かのテレビで観た梅雨時期に発生する害虫の事を思い出す。
梅雨時期に大量に発生する害虫なのだが、湿った汚れのある場所を好みスカムなどに産卵する。
それが生育して成虫になると、その成虫が汚れを見つけてまた産卵を繰り返すという。
自分たちもその虫と然程変わらない。
心に巣くったドロドロの欲望ような場所に卵を産みつけて羽化し続ける、まさに自分たちはそれぞれが悪い虫なのだ。
「それで、これからどうするの」
こうなってしまった以上、きっともう元には戻れないだろう。
半ば開き直りながら二人に訊ねると、奏汰がじっと新汰を見つめてきた。
その目は鑑定をするときのあの眼差しだ。
初めて向けられるその眼差しに、新汰は心を奪われた。
いや、もうずっと前から奪われてはいるのだが、改めて兄に対して特別な感情がある事を思い知る。
「そうだな。まずは三人でじっくりお互いを確かめ合おうか?裸になって…」
「え…それって」
瞠目する新汰の背後から升谷の腕が絡みついてくる。
「大丈夫だよ。これからは何も隠さないで生きていいんだから。心配しないで、俺がちゃんと手伝ってあげる」
升谷はそう言うと新汰の背中をトン、と押した。
その弾みで奏汰の胸に飛び込んでしまう。
奏汰は突き放すこともなく、まるで恋人を見るような眼差しで新汰を見つめてきた。
「新汰…あぁ、この日が来る事をどんなに望んだか」
感極まったその声色に胸が熱くなった。
「俺も…俺もずっと好きだった…兄さん」
禁忌であるその言葉を返して、兄の胸に顔を埋める。
その背後ではわるいむしがそっと微笑んでいた。
end.
ともだちにシェアしよう!